近藤さんとお妙さん
□話しにくい時は名前を伏せておけ
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ほっぺたが熱い。困った、言うつもりなんてなかったのに。
ボトルを持ち上げて酒をそそごうとした手が震えてることに気がついて、テーブルに置き直す。
ハンカチを出してボトルの首を拭い、そうするつもりだったと、装う。
「どんな人? …そうですね〜…」
とりあえず何か言わなくちゃ。あたりさわりのない、何か…
「…いつも、フザケてるわね、そうじゃない時は酔っぱらってるか、横になってるか」
「ナニソレ、おとうさん?」
思わず言った感想で、妙にジロッとにらまれた近藤は
「あ、なんか家庭的な感じ、かな」
気を悪くさせたのかと急いで言葉をつけたし、ははは、と空笑う。
「…さぁ?どーかしら」
妙はそんな近藤にため息をついて、改めてボトルを持ち上げグラスにそそぐ。
酔っているのは、酒を飲みにやってくるのだから当り前で、横になっている、といってもぐーたらしているのではなく、意識が飛ぶほどに妙から制裁を加えられているからだ。
よくもまあ、懲(こ)りないものね
わざわざ奇をてらった場所から現れたり、余計なひと言で、妙から殴られては苦笑いで起き上がってくる、あの表情…
くすっ、と思い出し笑いがもれた。
ふざけたり、おどけたりするのもこの男なりの照れ隠しなのかもしれない。けれど、本人に「そうなんですか」と理由を尋ねる訳にもいかず、
もうひと睨みしてやろう、と目を上げた妙を、近藤が見ていた。
テーブルに肘をついて、軽く指を組んで。
「酒飲みかァ。じゃぁお客さん?」
「……」
近藤はそう言うと、妙の顔からその手元へと視線を落とし、返事がないので、訝しげにもう一度、妙の顔に視線を戻した。
見つめていたのではない、見ていただけだ。単純に、話に耳を傾けていた。
それだけ。
後ろの席の盛り上がりに、妙には聞こえなかったのだろうと、取り立てて気にしてる様子はないまま、近藤がもう一度言う。
「お客さんなのかな、その人」
初めてすまいるにあらわれたあの日に、真剣な眼差しで告白されたあの時に、
妙の心には他の「お客さん」とは違う「近藤さん」という名を持った相手になって、焼きついてしまっている。
記憶を戻すため一発殴ってやろうと銀時に掴みかかった時、ちゃらんぽらん男が見せた真剣な眼差しに、あの近藤の表情を思い出したほどに。
「……わかりません」
「わからない?」
不思議そうにくり返されて、妙はマドラーが作る琥珀の渦を眺め、続く言葉を探す。
「いえあの、何考えてんのかしらって」
妙のどこに惚れたというのか。
本人には絶対訊けない、いつも堂々巡りの想いを、答えをくれるはずのない目の前の男に投げかける。
「わたしを、どう思ってるのって」
― 俺ァあなたの、笑顔に救われた
容姿、年齢。
― みてくれなんかじゃなくって
そういう近藤こそ、妙の外見だけなんじゃないのかと思うと、本心を確かめたくなる。
「あの人はいつも周りを思い遣ってて…」
左頬を腫らした痛々しい顔。
「正直で…」
桜の下での楽しかった宴。
「沢山の仲間に囲まれて…笑ってる人…」
― お妙さん!
「近藤さん」
「はい」
意味を込めて名を呼んだところで、今の近藤には伝わるはずもない。
妙はグラスを、差し出す。
「……どうぞ」
*
つづく
*