近藤さんとお妙さん

□魂ってヤツは変わらない
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近藤は置かれたグラスをひょいと持ち上げて、笑いながら


「ゴチソウサン」


と、彼女の惚気話(のろけばなし)に礼を述べ、くちをつけた。



水で割り忘れた、水割り。



自分とは然(さ)したる関係もない女性の想い人という、遠い存在の男ではあるが


「うらやましいねぇ」


濃い酒の苦さを、まるで、自分の気持ちのようだと自嘲する。


「今の俺にゃァ己を生きている全ての人が、うらやましくって仕方ないな」


くちに出したことで、言い知れぬ焦燥(しょうそう)がアルコールの熱と共に、胸に広がっていく。
真選組という警察組織の存在意義も、職務の内容も、説明されれば理解できる。頭ではわかる、だがしかし


「いったい何を頼りにしていたんだろうな、俺ァ…」


テーブルにその大きな身を屈めて、やっと聞き取れるほどに低く、半ば囁くように話す。

周りに引きずられるように仕事をこなした嵐のような時間が過ぎて、ふと我に返れば、日中目にした世間を考え、常識や情実、整理のつかない人間関係と闘う、
孤独なひとりぼっちの時間に押しつぶされそうだった。


「信念すらない今の自分には…」




耐えられぬ。




だが同じような世間との闘いを、隊士の彼らに強いてきたのは、どうやら自分らしい。
にもかかわらず、理想を失くし仲間を置き去りにしてしまっている。迷わせている。



「期待に応えられない自分が、不甲斐ねぇ」


相槌も打たない話し相手に、この数日の心情が溢れる。
やるせなくて、また酒を飲む。


「今の俺は、惰性だ」


真選組を率いていたという男の勢いをそのまま、引きずられて止まることができずに、ただ生きているだけだ。

握りしめたグラスに、華奢な手が伸びた。





「……………ってんじゃないわよ」






近藤の飲みかけのグラスを奪い取って、うつむいた妙が呟く。



「ダセーこと言ってんじゃないわよ」


「いや、ダサいじゃなくて俺が言ったのは、惰性…」


「あン?だからダセーって言ってんだろーが」



ソファから立ち上がった妙が、おもむろにグラスを煽る。


「あ、間接キッス…ってかそれストレート」


妙は半分ほど残されていた酒をキュ―っと飲み干して、ポカンと見上げる近藤を睨みつけた。




「キオクソーシツが何よ…信念がない?自分を生きてないですって?期待に応えるですって?」




初めて会ったときから、近藤はこういう男だった。


いつも周りの事ばかり考えて


人が好いほどに自分ばかりを責めて



「たとえ記憶がなくたって、あなたはなんにも変っちゃいないわよ!」



不器用で、真っ直ぐな



「同じゴリラのまんまだわ!」







「姐さん…」


妙の大声に、背中合わせの席で山崎が立ち上がって、心配そうにこちらを見ている。そんな山崎を視界の端にするが、妙は近藤を、きっ、と見据え続ける。
呆気にとられている近藤に


「局長ォ…」


喚起をうながすように、すがる声で呼びかけた山崎を


「…もういいだろ」


まるで溜息のように煙草の煙を吐き出した土方が、おしとどめた。





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