誘われたら乗っておくのがおつきあい
□其の三
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「万事屋が?」
真選組屯所の局長室に、検問を終えた土方と沖田が、報告に訪れていた。
昨夕からの巡回を終え、日付もかわって早朝の日差しが、障子からやわらかく差し込む和室。
上座(かみざ)の近藤を目の前に、二人はあぐらをかいて横並びに座っている。
局長の近藤、副長の土方、一番隊隊長の沖田と、役職ではそれぞれ上司と部下の関係ではあるが、真選組決起以前から付き合いがあるので、気が置けない仲だ。
仕事の報告を終えての世間話に、万事屋が話題にのぼった。
「そうでさぁ。えらく羽振りの良さそうなことを、言ってやした。何でも、ウマイやま(仕事)があるとかで」
「あぁ、それなら俺も聞いたぜ」
近藤は頷いて、
「随分デカく儲けるから、社員旅行がお妙さん同伴で、ハワイに行くらしい。と、いうワケで今度の隊士募集の遠征は、ハワイにしようと思う」
「どういうワケでだ、コラ」
土方が、近藤の話をさえぎる。
「どーも気に入らねェ」
「どうした、トシ。大丈夫だ、遠征にはお前も一緒に行こう」
「そこじゃねーよ」
「やりましたね土方さん、俺も行きやすよ。海外でパスポート無くして帰れなくなっちゃ、大変だ」
「テメェの計画は全てまるっとお見通しだコノヤロー」
「心配いらん。日本語だって結構通じるらしいぞ、どんとこい」
「ハワイの話からはなれやがれ」
土方は、気楽な上司を睨みつけた。
「アイツらだよ」
わざとらしく接触してきた万事屋の様子を思い出す。
たまたま、路上で出会ったのが土方と沖田だったが、隊士の誰でもよかったのだろう。
真選組に顔が売れているアイツらのことだ、羽振りのいい素振りを見せつければ、すぐに沖田や近藤の耳に入っただろうし、
そうなれば土方の知るところになったに違いない。
オイシイ仕事だなんぞと、怪しさを醸し出して、結局今のような話題になれば、土方は同じように言っただろう。
…どーも気に入らねェ、と。
いずれにせよこう言わされたであろうことも、まったくもって、気に入らねェ。
「俺たちにエサぁ撒いてやがる。利用しようとしているに、違いねぇ」
苦々しげな土方の声には、確信めいた強さがあった。
「しかも、こんなバカでも解るようなエサで、俺達を釣ろうたァ気に入らんね」
「いやー本当解り易いよね、うん。バレバレだよね」
「近藤さん、汗ってか…汁でてますぜィ」
きっと今この瞬間まで、万事屋のハワイ旅行を信じていたであろう近藤の、慌てて土方に話をあわせている様子に、沖田がツッコむ。
こういった、どんな人をも信じる人柄の良さが、近藤の魅力だと確かに土方は思うのだが…。
「まぁ、だとしてもよ、トシ」
自分たちが、これからどんな事に利用されるのか、と考えていた土方は、見るとは無しに見ていた床の間から、近藤に視線を戻す。
くちもとに穏やかな微笑みを浮かべた近藤が、真っ直ぐに土方を見据えていた。
「アイツらのこった、俺達を誘うとは、よっぽど面白ェ悪企みに違いあるまいよ。釣られてやろうじゃないか。悪の芽摘むのが、俺達の仕事だからな」
土方と同じく、近藤の人柄の良さをかっているのだろう。
とかなんとか言っちゃって、と沖田が小声でつぶやいた。
「ちっ、しゃァねェ」
わざと大きく舌打ちをして、土方が立ちあがる。
銀時のしまりのない顔が思い浮かぶ。
あの男は、近藤がこうして誘いに乗ってやることも、きっとわかっていたに違いない。
自分を見上げる笑顔の大将に、このお人好し、とため息をつく。
「アンタがそう言うなら、早速、山崎を向かわせよう」
隊服をひるがえして、大股に部屋から出ていく土方を見送った沖田が、近藤に肩をすくめてみせた。
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其の四
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