誘われたら乗っておくのがおつきあい
□其の四
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居間の事務机の椅子に深く腰掛けて、頭の後ろで腕を組み、銀時は机の上を眺めていた。
ソファに座る新八と神楽は、じっと黙って銀時が話し終わるのを待っていた。
報告を聞き終え、その内容を頭で必死に整理して、菊が重い口を開く。
「じゃぁ兄ちゃんは、悪いことを……」
「いや、まだ決まった訳じゃないよ」
案じ顔をした菊の言葉をさえぎるように、咄嗟に言った新八だったが、それ以上楽観的に慰める言葉も見つけられず、下唇を噛んだ。
沈んだ空気が部屋を包む。
「こんにちわー、銀時くん、いますかー」
ふいに玄関から、声がする。
引き戸のガラス向こうに映った人影が、ピンポーンと呼び鈴をならしながら歌うように呼ぶ。
「ぎーんーとーきぃーくぅーんー」
「おう、開いてるぜ」
座ったまま銀時が声をかける。
まるで友達を誘う、子供のように呼び掛けていたには不釣り合いな男の来訪に、新八は驚いた。
「桂さん!」
着物の襟元をきちんと合わせ、整った顔立ちが女性のようにも見えるのは、長く伸ばした黒髪のせいだろうか。
眉にちからのある真摯(しんし)な眼差しが、彼の性格をそのまま表している。
銀時とは旧知の仲で、年齢も同じくらいだろう。
凛とした桂に付従うように、白い…大きな…黄色いくちばしの…瞳の大きい…
何とも表現しがたいが、桂が『エリザベス』と名付けて傍におき、寝食を共にする天人も、一緒に入ってきた。
「早かったな、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ」
いやソレ、結局カツラじゃん、ヅラじゃん、というツッコミは、さすがの新八でもしない。
銀時と桂は幼馴染というから、子供の頃からのお約束な挨拶だろう。
喋らないエリザベスが持つ小さい看板には、おじゃましますよ、と書かれている。
「攘夷志士を語る集団が、犯罪によって資金稼ぎ。事実とあらば、捨て置く訳にはいかぬよ」
落ち着いた、穏やかな声で話す桂こそ、攘夷志士として活動し、同志からは‘暁’と称され慕われる、渦中の人である。
真剣に国の行く末を案じ、仲間の世情への憤りを知るからこそ、名を語られ悪用されたとあっては、黙っていられる筈もない。
「しかも、情報のでどころは依頼人だそうだが、依頼人というのは、この年端もゆかぬ少女の事か」
桂は、ソファに座る菊を見下ろした。
話題が自分のことになり不安げな菊のかたわらに膝をつき、その小さな手をとって
「お若いのにこの国を憂う心、是非共に腐った国を立て直す為、戦おうではないか」
「ちょっと桂さん、ウチのお客さんへの勧誘活動は、お断りですよ」
こんなとき、銀時と桂の関係を、新八は納得する。
ちゃらんぽらんな銀時と、真面目な桂が親しい友人でいるのが不思議だが、捉えどころのない桂は、やはりどことなく、銀時と同じものを感じさせる。
以前は銀時も、桂と共に天人を排する攘夷戦争に参加していたらしいが、今では神楽やエリザベスといった、天人とも付き合いを持つ。
矛盾しているようだが、見た目や年齢や生い立ちなどにとらわれずに、柔軟に相手と接する事ができるこの男達は、懐が深いように、新八には思えた。
…何も考えていないようにも思えたが。
昼近い陽光差し込む居間の窓、銀時は椅子から立ち上がって、格子の間から外を眺めた。
そこには、裏路地でバトミントンの素振りをする男がいる。
真選組の隊服を着た知り合いの後ろ姿から、空に広がる、箒で掃き散らしたような初秋の雲へ目を移す。
「お前さんの兄貴なぁ、どこにも行きゃしねーよ」
銀時の背中に、全員が注目する。
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