誘われたら乗っておくのがおつきあい
□其の一
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「俺が現役の時はよー、金に困って、困り果てたヤツらが、よそさま踏みにじって食いモンにする、クソみてぇな場所だったよ」
雪駄(せった)の足をとめて、信号が青になるのを待ちながら、くわえ煙草の長谷川が後ろに立つ銀時に話しかける。
先ほどの路地から後の世に「明治通り」と呼ばれる、現在未開通の大通りにでて、歩き出してから三十分ほどした頃、
住み慣れたかぶき町とは雰囲気は違えど、賑やかな活気に満ちた渋谷に、二人は居た。
街にはオシャレをした若者が行き交う。
色とりどりに着飾った人波を抜け、ファストフード店や雑貨屋、ブランドのショップが並ぶ渋谷の中心から少し裏道に入り、
店もまばらになった幹線道路に近い十字路の手前から、はすに見える雑居ビルを、軽く顔を振って示して
「ま、やってる事は変わらんが、今じゃ若いヤツらがノリで悪事はたらく、パーチー会場みてぇな場所だァな」
何の変哲もない四階建てのビル。
だが、入口の階段には、ガラの悪い男たちが地べたに腰をおろし、威圧的な視線を、はしらせている。
隣には中古刀のリサイクルショップが看板を掲げているが、廃刀令のご時世に流行っている様子もなく、寂れた佇まいをみせる。
「貸事務所やらが沢山入っちゃいるが、実態のないモンばかり。サギやマルチ、そんなんばっかりでよ、まぁどこぞの団体の資金源だろうがな。
貸主をたどりゃァ、どうやら密入国を斡旋する天人にたどり着くってんで、取り締まる機会を狙ってたんだが」
と、説明する長谷川の眼は、サングラス越しにビルよりももっと、遠くを見ているようだった。
今でさえ無職で、口の悪い神楽にからかい半分に、まるでだめなおっさん、略して『マダオ』などと呼ばれて苦笑いしているが、
以前は天人の入国を管理する幕府機関の責任者として、大勢の部下をかかえる出世頭だった。
その頃に手をつけた仕事が、解決されないままになっている現状に、煙草の煙をため息まじりに吐きだしながら
「今の管理局のおエライさんは、コトナカレ主義らしいな」
長谷川が、微かに怒りを含んで、つぶやいた。
この渋谷の街からも、高層に立ち並ぶ建物の背後にそびえるターミナルが見える。
江戸城よりも何よりも一際高いその塔を港にして、宇宙から異星人がやってくるようになって、もう二十年近く経つ。
あまりに突然、高度な異文化が流れ込んできた江戸の町は、真っ白な木綿に染料が滲(し)みるように、
すべてを吸収し、劇的に発展しつづけている。
頭上を音もなく、ターミナルへと飛んでゆく異形の船を眺めていた銀時は、
話し終えたらしい長谷川の左肩に、右手をぽんっと乗せて、神妙な空気を壊さないように、ゆっくりと
「長谷川さん、アンタ、仕事熱心だったんだな」
ひと呼吸おいて、さらに続けた。
「何でクビになったんだろうなァ」
「知ってるよね?一から十まであの日一緒だったよね?」
しらばっくれておちょくる銀時に、長谷川が声を張る。
何でもなにも、クビになったきっかけこそ、長谷川が万事屋に依頼した件が元になっているのだが…。
とは言え、万事屋が直接の原因でもなく、銀時の男意気に共感して、我を通した自分(長谷川)のせいである。
重々承知であるからこそ、意気投合し、今ではつるむ悪友のような存在になっている。
「おっ」
菊の兄を連れ去った傷痕の男が、こちらへ向かってくるのを見つけて、銀時が声を上げた。
長谷川の肩に置いた手に少しちからを込めて前に出て、男がビルへと入っていくのを見届ける。
「アンタ本当に仕事熱心だったんだな」
視線をそのままに、銀時がそう言うと、
「まあな」
長谷川は自嘲気味に笑った。
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其の二
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