近藤さんとお妙さん
□後悔
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屯所への道を辿りながら、近藤は後悔していた。
― 結婚してくれ
なんであんな事を口走ってしまったのだろう。
言った事には、後悔してはいない。
もしも彼氏がケツ毛ボーボーだったらどうする?
その問いかけに、「ケツ毛ごと愛します」と、躊躇(ちゅうちょ)なく言ってのけた妙の懐の深さに感銘を受けた。
こんな女性に傍にいて欲しい、そう思った。渇望していた理想の女性に巡り合えたような気にさえ、なった。
だとしても、タイミングってモンがあるだろ、俺。
「どうしてこう、俺ってやつァ…」
腑甲斐ない。
妙に情けなく愚痴を聞いてもらい、一度は晴れた気持ちがまた、ずしりと重さを増し、近藤は肩を落として自嘲した。
「結婚してくれ!」
狼狽した近藤が咄嗟に口走った、あまりに突然のプロポーズに、妙は一瞬目を丸くして、えっ、と声をあげたが、
動揺することなく、次にはふわりと微笑んで
「酔ってらっしゃるんですね、随分お飲みになったから」
と、さらりとかわした。
妙の笑顔を思い出し、足を止めて両手で顔を覆って空を仰ぐ。
酔ってもいた、舞い上がっていた。
でも俺は伝えたかったんだよ、自分といて退屈だっただろうというお妙さんに
あなたで良かったと。
俺の隣で話を聞いてくれたのが、お妙さん、あなたで良かったのだと。
だとしてもありゃァないだろう。酔っ払いの戯言(ざれごと)と思われても仕方がない。本気に受け止められる訳ァねーよなァ。
うじうじとした考えを拭う様に、顔から両手を離し、近藤は踵を返す。
このままでは、戯言のままに終わる。
酔いに任せて誰かれ構わず口説き文句を言うような、軽い男だと思われるのはカンベンだ。
しっかりとした足取りですまいるへと戻る。
仕事の事、立場の事、先程まで近藤の心を占めていた様々な想いとは違う、別の感情を抱えて。
*
つづく
*