近藤さんとお妙さん
□えぐり込むように打つべし!
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深夜零時近く、店を出て家路についた妙は、街灯明るい商店街を抜ける。
背後からカタカタと、下駄の急ぎ足が追いかけてくるのを少し警戒しながらも、かといって然有(さあ)らないていで歩き続けた。
「お妙さん!」
距離を置いてかけられた声に振り返ると、背の高い男が大股に、こちらに向かって来る。
道路向こうの自動販売機の明かりに照らされる、鼻筋の通った男らしい顔が、にこりと微笑んだ。
先程帰った男の人懐こい笑顔に、妙は肩の力を抜く。
「良かった、間に合って。もう帰ってしまったんじゃないかと思ったよ」
速度を緩めて横に並び、そのまま歩き続ける近藤に促されるように、妙も足を進める。
「近藤さん、お住まい、こちらの方なんですか?」
「いいえ」
妙の問いかけに、近藤がほのぼのと答える。
「お妙さんに伝えたい事があったから、引き返してきました」
近藤は横に並んで歩く妙を見おろし、そう言うと、訝(いぶか)しげな顔をする妙から視線を外して、前に向き直る。
その横顔に、あぁ、と思い当たった妙は、近藤がくちを開くのを待つ。
「さっきは、すんませんでした。いきなり結婚してくれ、なんて」
やっぱりね、と近藤の言葉に小さく微笑んだ妙は、傷つけないように気を使いながら、さり気なく言う。
「いいんです、私、気にしてませんから」
「いえ、気にしてください」
てっきり前言撤回に来たとばかり思った妙は、言われた意味がわからず首をひねる。
忘れてくれ、と言いたいのではないのだろうか。
聞き間違いだろう、そう考えてもう一度、はっきりと言う。
「あの、ですから気にしてないです」
「だったら、気にしてください」
まったく気にならなかった、といえば嘘になる。
おそらく勢いでくちをついたプロポーズに、後悔しているのだと思ったからこそ、近藤が気に病まぬように、そう言ったまでだ。
それなのに、気にしてくれとは、どういう事だろう。
妙は近藤の意図に思いまわして、自分の爪先をぼんやり見ながら歩き続けた。
ふと立ち止る近藤につられるように、足をとめる。
「どうやら俺は、君に惚れちまったらしい。本気だってことを伝えに来たんです」
唐突の告白に、驚いた妙が見上げると、
穏やかな微笑みに真剣な眼差しの近藤が、真っ直ぐに自分を見つめている視線にぶつかり
妙の胸が鳴った。
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