忘れたくとも忘れられずに
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※『一夜限りの戯(ユメ)』の続き
※妊娠注意
※子ども注意






















長屋の隙間から流れてくるひんやりとした冬の夜風が情事で熱した躯を冷やす。
小平太は思わず身震いし、着ていた着物を着直しながら、横ですやすやと眠る滝を見た。
しなやかな髪が乱れ、縮こまるように丸くなる形で眠っている。
綺麗、と小平太は思った。
しかし、そう思うと同時に罪悪感が湧いた。
自分の醜さと滝の純粋さに言葉に出来ない申し訳なさが心臓の鼓動と重なってどくどく、と膨らんでいく気がした。
自分は本当に馬鹿だ。
小平太はまじまじと滝の寝顔を見て、そう感じた。
結局これは自分の我侭でしかないのだ。
滝の本心を無視して彼女の優しさに甘えていただけ。
「滝」
呼べばゆっくり目を開いて、こっちを向いて名前を呼んでくれたらいいのに、と願うがそれは無駄な事。
今の自分と寝ているの女は赤の他人に近い。
あぁ、何故。
何故もっと早く帰れなかったのだろう。
「滝、滝…」
滑らかな頬を撫でながら呟き続ける。
そして、一向に起きない彼女の肌を、顔を忘れないように、と見つめた。
「ごめん。…ごめんな、滝。私の所為だよな。何にも言い残さないで勝手にいなくなるから滝は耐えられなくなっったんだよな。でも、だからって身投げは無いんじゃないか? 私みたいな奴がいなくなったからって何もそこまでする事なんてないのに…」
ぽつり、ぽつり、と言葉が出る度に小平太の声が段々泣きそうな声へとなっていった。
今まで言わずに黙っていた自分だけの不安、後悔、罪悪感。
滝が、自分が昔知っている人物と異なってしまったことによってどれだけの悲痛を胸に抱き続けたか。
好きだ、今でも忘れていない。
でも、自分が求めていた彼女は今は何処にもいない。
いないのだ。
「滝、会いたいよぉ…」
最後に小平太はそう呟いた。
でも、これ以上自分の我侭で今の滝を苦しめたくないのも本音だった。
何も覚えていない、何も知らない滝。
そんな滝を昔と重ねて求めてしまった愚かな自分。
もう一緒にいられない。
そう思った小平太は身支度を済ませると意を決したかのようにガタッと戸を開けた。
ひゅう、と冷たいひと風が部屋に入り込む。
小平太はすみやかに外へ出るとまた戸を閉めた。
はぁ、と息を吐くと息が白く肌寒かった。
だからといって、弱音は言っていられなかった。
自分はもう此処にいてはいけないのだから。
小平太は戸にそっと手を当てる。
「滝、幸せになってくれ」
そう言うと歩く音も聞こえない足取りで小平太は闇夜に消えた。
それはまだ滝が何も知らず眠っている時の事であった。
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