帰る場所 後
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嗚呼、なんてことだ。
どんよりとした黒いものが湧いてきた感覚がした。
「先輩、そんな顔したって無駄ですよ」
言われて気付かされた。
私は今無意識に目の前の男を睨んでいた。
しかし、残念だ。
人によってはこの睨みだけでも逃げる奴だっているのに、田村はそういうつまらない奴ではなかったらしい。
「あぁ、そうか。悪い」
「それが時として醜いことであるのをご存知ですか?」
嫌な奴だ。
「あの…」
騒がしい男二人の会話を傍観していた滝がやっと口を開く。
「立ち話も難でしょうから、上がってください」
彼女はそう言った。
二人の会話がこれ以上近所迷惑させない為の仲裁か、それとも単なる優しさか。
小平太は田村と顔を見合わせると
「悪い、滝。僕は遠慮させてもらうよ」
と言った。
「お、おい」
小平太は田村が去ろうとするのを思わず、引きとめようとすると
「その目でじっくり悔やみ、苦しめばいいです」
と、耳元で言った。
そして、やっと掴まれていた手が離れた。
ちら、と鋭い目と目が合う。
心底気に入らないと言っているかのようだった。
「入らないのですか?」
滝がひょっこりと顔を出す。
「すまない、時間的にもそろそろ仕事に行かなくきゃいけないんだ。今度寄らせて貰うよ。あ、でもまた何かがあったらすぐ来るから」
「わかった。…いつも、ありがとう」
ぎこちなくも丁寧に彼女はいった。
「いや、大した事はない」
そして、田村はすぐに消えた。
一体、何だったのかなんて考える余裕が無かった。
滝が田村に礼を言った。
かつての滝を思えば有り得ない光景を目の当たりにし、小平太は信じられない気持ちに駆られた。
変わっている、間違いなく何かが。
時間の壁?
関係の壁?
何だろう、こんなにも怖くてたまらないことが今までにあっただろうか。
ふと滝と目が合った。
滝は
「どうぞ」
と小さく微笑んで私に言った。
一緒に滝と長屋へと入ると、部屋の戸を閉じた。
中はとても平素なものだった。
本当に最低限の生活をしているとでも言うかのようなもの。
しかし、その中にもちゃんと鏡立や簪といったものが置かれているからして、身嗜みに対する部分は昔と変わらないのだな、と僅かながらも安心をした。
小平太は草履を脱ぎ、改めて滝と正面で顔を見合わせた。
「改めてお聞きして宜しいでしょうか?」
小平太が話す前に滝が先に口に出した。
「えっと、貴方はどちら様でしょうか?」
真っ直ぐな問いかけ。
本格的過ぎて、演技にも思えず、全身鳥肌が立った。
「先程の三木ェ門とは同級生の間柄ですが、貴方とはお会いするのは初めてのように感じます。…いつ、お会いしたでしょうか?」
「その前に一つ聞きたい」
わがままなのはわかっていた。
だけど、これだけは知りたかったのだ。
冷静に、冷静になれ。
「田村はいつも何かがあればああやって来てくれるのか?」
「しょっちゅうです。三木は隣りの長屋に住んでいますし、心配性で何かとよく来ます」
何…?
どくん、と心臓が飛び跳ねるような動悸。
怖い意味で心臓が激しく動いているのを感じた。
「この数年、ずっとお世話になってます。その点では感謝しています」
「じゃあ、滝はいつからの記憶が無いんだ?」
「忍術学園在学中、四年の冬の時です」
それは、私が卒業した後頃か?
「何も覚えていないのか?」
「全くです、三木ェ門や他の旧友、後輩からいろいろと聞かされていますが、あまり実感がないものばかりでした」
また、三木ェ門か。
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