帰る場所 後
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「学業はどうしたんだ?」
「頭が覚えてないことでも身体は正直なもので、体術といった技術面では苦労はありませんでしたが、それ以外の知識面は独学で何とか補いました」
「一からやり直しでも何とかなったというのか?」
「先生方や周囲からは"流石"、や"やはり"という言葉をよく貰いました。話によれば以前の私も理解力のある優秀な生徒だったそうです」
それはそうだろうな。
お前は学園一優秀だったんだ。
四年の時にはもう既に授業を受けなくとも教科書の内容は全部覚えているとか言ってたような気がする。
やっぱり滝だと思いたいが、でも何かが違う。
滝が滝のようで滝じゃない。
仕草や話し方や雰囲気が。
何か余所余所しい。
見かけだけ同じな、別人のようだ。
「あの」
「あぁ、何だ?」
「質問はお答えしました。なのでこちらの質問をお答えしてください」
「あ、そ、そっか。つい忘れていたな」
私は今自然に振舞えているだろうか。
静かにずきずき、と胸が軋んでいる。
不思議な気分だ。
全てが崩壊してもう一度やり直しているようで今しているのは無知な子どもにいろいろと教えている親のようだ。
「小平太だ、七松小平太」
違和感が拭えない。
相手は知っているはずなのに、知らない。
自分だけが持っていて、相手にはない。
奇妙で怖かった。
「七、松さん?」
あんまりしっくり来ないのか、確認するように呟く。
「えっと学園にいた時に、一緒にいたんだ。四年間ぐらい」
「四年ですか?」
「私の方が二つ上だからね、私が三年の時に滝が学園に来たの」
「あ、…では先輩ということですか」
「そういうこと」
「じゃあ、私の元へわざわざ来てくださったのは?」
「あ、それは」
言っていいのだろうか。
私達の関係を、恋人同士だったという事を。
でも…
考えているうちに少し黙ってしまった。
すると、
「言えないですか?」
「いや、ちょっと迷ってな」
「何故?」
正面に向かうというのはこんなにも辛いのだな。
小平太はしみじみ思った。
三木ェ門が言っていた苦しめばいいとはこの事か。
そう思うと自嘲にも似た笑いが込上げていく。
この大きい溝を作ったのが私なのか。
滝をめちゃくちゃにして今の滝に仕立てたのが私なのか。
嗚呼、滝、滝…、ごめん。
今滝を抱き締めれば彼女はどうするのだろうか。
またさっきのように拒絶するのだろうか、それとも以前を無理矢理真似ようと偽って振舞おうのするだろうか。
怖い、どっちも恐ろしくて怖い。
「うーん、何ていうのかな」
情けない。
そこに彼女がいるのに大事なこと何一つ言えずにいる自分がいた。
どうしようの一言に尽きる。
滝には一体、何て言えば伝わるだろうか。
「何か言えない事でも?」
「ん?」
考え込む小平太に明らか困っているように見える滝が少し小平太に近づく。
「過去の私に関係していますか?」
「いや、別にそういうわけじゃないけど」
「なら、そう気を使わずに仰ってください。構いません、私は」
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