短編

□心境のロンド
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注意
・暗いです
・十代が病み期









「なあ、聞いてくれ覇王」

四方八方真っ白な空間の中心でクルクルと軽やかに身体を回している彼が言った。着ている赤い服が不規則に宙を舞い、まるで小さな炎を思わせる。この空間には全く似合わない光景だ。
電子プログラムかのように身体がザザザ、と鳴っている覇王はなんだ、と答えてただ空間にぽつりと立っていた。前とは違い真っ黒ではなく真っ白で闇をも思わせない空間。
無数の鏡が浮いていた心境の面影はなく、今は空を思わせる透明感溢れる水色の氷柱が無数に浮いている。

「俺、HEROとして、皆の期待に応えて、思ったんだ」

明るく舞っていた声が段々と低くなってドスのある声へと変わっていく、それに合わせて宙を舞っていた赤も勢いを無くして動きを止めていく。
風も、光も入るはずのないこの空間に沈黙の風が流れてきたような気がして互いの紅茶色の髪が揺れた。

「あいつら、守る価値ないよな」

ゆっくりと細くなっていく紅茶色の瞳が不可解な弧を描いて、彼は笑った。ガシャンッ、と氷柱が二人の間に落ちてきて。そしてまるで彼の心を表すかの様に粉々に割れた。覇王はただ、その金に彼を納める事しか出来ず眉を潜めた。

「どうして、俺は守ってきたんだろうな、あれらを」

再びくるりくるりと回りはじめた彼は感情の無い瞳を氷柱の浮く上へと向けた。だけど、表情は泣いている。彼の中で感情が無茶苦茶に渦巻いているようだ。片割れの自分にそれが微かに流れ込んで来る。彼は泣いたり、笑ったり、怒ったりと機械のようにその表情を変えた。

「……、でもな、それももう終わりなんだぜ?」

かたかた笑いながら彼は面白い事を言った。

もう、終わり。
覇王は言葉の訳が解らず、彼へ問おうと黒服に包んだプログラムの身体を前へと進ませた。
途端、氷柱が降ってきてそれを拒むように覇王の前の白い床に突き刺さった。
なんだこれは、と彼を見遣れば次第に、彼の身体が粒子になって薄れている事に気付く。明らかに脚が見えなくなっている。
代わりに自分のプログラムの身体の色がより濃くなって生身の身体になっているような気が し た 。妙にリアルに心音が身体に響いている。覇王は金の瞳を歪ませ、彼を見た。

「十代、貴様何を…っ」

「まだ、解らないのか?覇王」

壊れたマリオネットの様にぐらりぐらりと身体を揺らす十代を中心にガシャンガシャンと氷柱が落ちていく。それらは彼を美しく見せて水にもならず宙に消えていく。
既に下半身が空間に同化しきっている彼は上半身だけをくるりくるりと廻して濁った瞳を覇王へと向けた。黄色に近い茶色が覇王を捕らえる。

そして幽霊のように音も無く覇王に近づいて、十代の冷たい手が覇王の頬を這って首筋へと滑る。代わりに覇王の頬や手はとても暖かく、血色が良い。

「お前は、俺の 闇 じゃなくて、」

かたかたと動く十代の口に感じた事も無い恐怖を覚える。闇、じゃない…だと?
彼の言葉が頭を、脳を支配して困惑の道へと導く。闇として遊城十代の中に産まれてきたはずの覇王からしてはよく解らない言葉だった。そう、彼を守る為に産まれてきた覇王なのだ。闇じゃない訳がない。

「俺を守る存在、でも 無い 」

覇王は目を見開いた。金に目一杯"遊城十代"が映り込んで、彼で視界が埋まる。十代の口が動き、赤い舌が顔を出す。
胸元まで消え去った彼は最後と言わんばかりに空いたもう片方の手で覇王の暖かい手を握る。
彼が言うこの先の言葉が解ったような気がして覇王は苦虫を潰したかのような顔を浮かばせた。

聞きたく…ない。

「闇は 俺で、お前は遊城十代の 俺 の 、…」

主人格なんだぜ、?
彼はそう言って再びケラケラと笑った。覇王は迷わず彼の上半身を力一杯に吹き飛ばし、床に倒れ込んだ"遊城十代"に剣を向けた。衝撃で彼の消滅が早まり、彼の身体一層粒子になって消えていく。ぎらぎらと剣が輝き彼の喉元を照らす。
彼の口元は平然と弧を描いていた。

「なんの冗談だ、十代…っ」

「何怒ってんだよ、覇王」

彼の瞳の色が赤、茶、緑、金、青、白とちかちかと様々の色に変化して覇王を見上げる。
気に食わない、ただそれだけが覇王を支配し、彼を 守る という対象から除外する。というより守る存在だった"遊城十代"は既に死んでいて、目の前の彼は精神の狂った遊城十代の成り果てだ。と、無理矢理頭の中で解釈する。

「俺は貴様の闇だ…、異次元の覇者、覇王だ…!!」

「違う…覇王、お前は確かに異次元の覇者だけど本当の俺、なんだ」

強く言い切る覇王は剣を振り上げ、彼の顔の真横に勢いよく刺した。紅茶色の髪が数本散って、消えていく。
だけど十代は小さくと笑いながら剣を握った。消えかかっている手から赤い液が流れ、剣と床を鮮やかな赤に染める。

「皆が望んでるのは…、俺じゃなくて…お前であって。俺はーーー」

一瞬、本当にほんの一瞬元の"遊城十代"に戻った彼は茶色い大きな瞳に目一杯涙を溜めながら何処か悔しそうに呟いた。最後の氷柱が彼の存在を消すかのように顔へと落ちてきて彼は言葉の途中で粒子になって宙へ消えていった。
途端、剣が刺さった場所を中心に白い床が渦を巻いて吸い込まれ出す。

「な、んだ…これはっ…!!」

壮大な気怠さが身体を襲い、覇王は従うように金の瞳をゆっくり閉じて渦にその身体を委ね、――そして飲まれた。
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