一
□除夕を越えて
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人は何かに集中していると一気にそれに引き込まれ、時間を忘れてしまう。
そしてその集中が切れた時、体の要求を思い出す。
(………茶が飲みたいな…)
ふと集中が切れたは斎藤はそう思った。顔を上げて時計を見れば、最後に見た時から大分経っていた。それじゃあ誰でもそう思うだろう。斜め前で作業をしている夕利に頼もうとしたが、彼女は筆を机に置いて椅子から立ち上がった。
「どうした」
『ん?お湯を沸かしに行こうと思っただけですけど?そろそろ斎藤さんがお茶を欲しがると思ったので。お茶、飲みたくないですか?』
自分が言おうとした要求を言われたので斎藤は驚く。そんな斎藤を気にせず、ま、うちも飲みたいのもあるんですけどねとぼやく。
「頼んだ」
『了解』
小さく笑った夕利の姿は水場へと消えた。もの凄く集中した後にまた集中しろと言うのは誰でも難しい。すっかり切れてしまった斎藤は煙草を口に銜え、マッチで火を付けた。
「フゥー……」
頑張った後に吸う煙草はやはり美味い。一本吸い終わるまで十分味わった。吸い終わると当然二本目が欲しくなる。二本目を銜え、火を付けて吸う。ずっと座りっぱなしだったので体中の筋肉が硬い。
(…面倒だが立って少し歩くか)
一度煙を吐いてから立ち上がり、窓の方に向かう。空は冬では良くある曇り。町の方は正月が近いせいか、いつもより人々が行き交っている気がした。