□漆拾玖話「収集」
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五月雨を迎えようとしているとは思えない爽やかな風が江戸に吹いています。町にある薬種屋、三葉は相変わらず賑わっています。その地下に通じる階段を降りればそこは



「「いらっしゃーい」」



秘密の花園です。



『お久しぶりですね、姉様方』


「…お、お久しぶりです」


「やーもー蒼紫君ったらぁ、夕利の後ろに隠れちゃってか・わ・い・いVV」


襖を開けると玉藻を中心にして女性達が待っていた。二人を案内したのは、眼鏡を掛けている黒髪美人の萩だ。


「女郎花(おみなえし)、四乃森君が怯えてる」


「私は可愛い子が怯えてるのが見たいの!」


「……はぁ……」


「何よその溜め息!」


「夕利、玉藻前様に用があるんだろ?」


『ええ、鳶尾(いちはつ)が来たので』


無視して夕利と話す萩に、女郎花はふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。知らない事が一つあって、話に区切りが付いたのを見て蒼紫は夕利に訊いた。


「鳶尾とはなんですか?」


『私の所に来た時、鳶が側にいただろ。鳶尾は御庭番衆と情報部を繋ぐ連絡役だ。その時届ける相手の肩にしか止まらない。実に賢い仔だ』


あんたと違ってな、と余計な一言を言うので蒼紫は夕利から少しだけ離れた。


『さァて四乃森、お待ちかねの時間だ。玉藻さんに話があるから待ってな』


「つ、付いて行っては駄目なのですか?」


ベタベタ触られるより夕利の近くにいて毒舌に耐えていた方がまだマシだ。夕利はホウ…と言うと目を細め、口元を吊り上げてからかう様に嗤った。


『そんなに私の側にいたいのか?』


「…まだあなたの側にいる方がマシです」


『成程成程、だが却下だ。なんであんたが付いて来る必要がある?私個人で玉藻さんに頼んだ事なのに』


「……」


そう言われたら引き下がるしかない。夕利が玉藻に付いて行くと蒼紫の周りに女性達が集まる。


「大丈夫?でもね蒼紫君、確かに夕利の言う通りなのよぉ」


「ここは任務の他に個人の依頼で調べる事がある。勿論、ちゃんとした理由であるなら」


「ちゃんとした理由…」


玉藻を動かす理由とは一体何なのか。蒼紫は二人が消えた方を見つめた。



「フフッ」



さてこちらはその二人。急に笑い出した玉藻に夕利は無表情のまま訊いた。


『どうかしましたか?』


「確かに、蒼紫が付いて来たら困るのぅってな」


『…御頭に四乃森を任されたのでしょうがなくです』


「フフフ、そなたは本当に可愛い奴よのぅ夕利。御庭番衆で御頭の弟子でなければ喰ろうておるのに」


玉藻の目に薄らとだが情欲が出ていたので夕利はさりげなく目を逸らした。そんな夕利が可愛くて玉藻はフフッと艶笑を浮かべると歩を止めた。目的の場所に着いたからだ。

玉藻は袖から鍵を出す。何十もの鍵の中から一つ選ぶ。その鍵には花が掘られていた。


「調べたこちらもなかなか興味深かったぞ。“御頭”と言う座に執着している男の姿が」


カチャ…と無機質な音が鳴り、重々しい扉が開く。
中には数えようとする気を失わせる程の書物が大量に棚に保管されていた。
足元を照らす、上が開いている綺麗な硝子ケースに入れられた蝋燭が一定の間隔を開けて置かれている。奥は見えない。


「毎回毎回訊くのが面倒じゃがしきたりじゃ。覚悟は出来ておるか?」


『出来てます』


蝋燭の火が頼りの薄暗闇の中でぼんやりと見える夕利の顔は大人びて見える。玉藻はフッと笑うと棚から分厚い書物を渡した。
暗くて見え辛いが、表紙には「四乃森家について」と美しい字で書かれていた。
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