参
□伍拾陸話「交換条件」
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縁の組織のNo.2である呉黒星が上海から東京に入ったと報告が来た。それは即ちいよいよこの東京に本格的な市場を開くという意味。雪代縁の個人の人誅なら可愛いものと見過ごせるが、ここから先は絶対にまかり通らない。張をフルにパシらせ、夕利と斎藤はアジトを探していた。
『荒川河口付近に小さいアジトがある筈なんだが…』
数々の書類を読んでいた夕利はぼそっと呟いた。今いるのは資料室。斎藤は夕利に色々押し付けてそばを食べに行った。
『…本当に気まぐれ狼だよねぇ、斎藤さんは』
色々ぐちろうと思ったが、本人の足音が聞こえたので止める。口に煙草を銜えた斎藤が部屋に入って来た。
「………張は?」
『まだですよ。なんか申し訳無いですね、あんなにパシらせて』
「密偵とパシリは同じようなもんだろ」
『まあそうですけど』
夕利の返事に斎藤はフッと笑うと奥にある椅子に腰掛けた。
『さいとーさん、ご飯食べに行っても良いですか?』
「…なら俺と来れば良かっただろ」
(……人に色々押し付けて置いたくせに…)
「とりあえず張が来るまで待て」
『えーそれじゃいつ帰って来るか分かりませんよ』
顔をしかめた夕利は更にソファーに凭れ掛った。珍しくだらけている。余程空腹なのだろう。
『あ、来た』
足音が聞こえる。署の中をこんなに走り回っているのか彼ぐらいだ。バーンと扉が開いたので見れば息は荒く、汗をダラダラ掻いている張がいた。
「ハアッハアッハアッ」
「遅い」
「……労いの言葉は無いんかい…」
『…お疲れ様です沢下条さん』
「うぅ…言うのがちと遅いんやけどきちんと言う姐さんはほんまに良い人や。…あかん、涙が出て来てた」
そう言ってゴシゴシと目元を拭う。素で涙が出て来たらしく、彼の黒い手袋が少し濡れている。
「なんでも良いからさっさと渡せ」
斎藤はコンコンと苛立ちげに人差し指で机を叩く。このスダレ頭と張は微かにぼやき、不服そうな顔で斎藤に書類を渡した。
『座ります?』
「…よろしいでっか?」
『良いですよ』
夕利はソファーから立ち上がると斎藤の隣に行き、横から張の書類を読む。張はお言葉に甘えてソファーに座り、ぐでーと伸びた。
「あーしんど。走り廻ってクタクタや」
(……あー本人には悪いけどこれじゃあちょっと…)
「…フン、足らんな」
夕利が言わないであげようと思った事を斎藤は躊躇わずに言い放った。
「資料不足だ。もう一度いって足でかき集めてこい」
「ああ!?」
いらんとばかりに斎藤は張の努力の結晶をバサバサと床に落とす。斎藤の言葉に張は思わず起き上がった。
「こんだけかき集めて何が不服やコラ!」
「これだけでは絞り込めん」
「お断りや!ワイは密偵や。パシリちゃうで!」
「同じようなモンだ。つべこべ言わず働け」
片足を机に乗せた張は斎藤に中指を立てる。二人の会話に夕利は苦笑いを浮かべていると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。