□伍拾伍話「落」
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薫の葬式には多くの人が来て、そして涙を流した。葬式に出席した署長の話によればその中に剣心の姿は見付からなかったそうだ。剣心は皆が目を離した一瞬の内に姿を消したという。左之が舎弟達に全力で捜索に当たらせているらしいが、未だ行方知れず。


(…緋村さんは一体どこに行ったんだろう。神谷道場以外、帰る場所が無いのに…)


夕利は今回の事件の報告書を読んでいる。

雪代縁は鈍色の煙の中、同士・外印と共に逃亡。斎藤が倒した鯨波は半分発狂した状態で、話もままならず。捕縛した残りの三人からアジトを割り出し、急襲したものの、すでに抜けのカラ…


(薫さんは恐らく縁の本当のアジトにいる筈。…そう簡単に見付からないか)


夕利はフゥ…と口をつぼめて息を吐くと椅子から立ち上がり、窓から外を見た。綺麗な青空だ。


(……待つしか…ないな…)


窓にそっと手を置いた夕利は静かに目を伏せた。

暫く目を伏せていたが足音を聞いたのでス…ッと目を開ける。署の中を大股で歩く人間は彼しかいない。顔を扉に向けると扉が音も立てずに勢い良く開き、バタンと閉まった。


「……何してやがる」


『…別に、外を見てただけですけど』


振り向くと予想通り、斎藤だった。フゥ…ッと煙を吐くと夕利に近付く。


「お前のこった。抜刀斎がどこにいるかを考えていただろ」


『まあ、半分当たりで半分外れです』


「…後の半分は?」


『薫さんの事です』


そう言って窓を開けた。そよ風が部屋に入って来て二人の髪を揺らす。


「ま、奴らには見張りをつけてる。その内抜刀斎の居場所が分かるだろ」


『…神谷道場以外帰る場所が無い緋村さんを受け入れ、尚且あまり人と関わらないように出来る場所と言えば…』


一つ浮かんだがあまり口にしたくないので言わないで置いた。もしあそこにいるのならもう落ちたも同然。しかし、剣心があそこに腰を下ろすべきではない。あそこに腰を下ろすには全てを捨てていかなければいけない。「失くす」だけでは駄目なのだ。


(…だから…緋村さんには答を見つけて『捨て』切れないものを手にして再び立ち上がって貰わなければ。じゃないと幕末からの勝負に決着が付けられない)


外を見ながら物思いに耽ている夕利を尻目に斎藤は新しい煙草を出す。火を付けようとしたが止め、煙草を箱に戻すと夕利の顎を掴んで顔を向けさせた。


『!な、なんですか。ちゃんとやりますよ』


「…ここでヤるのか?」


『…勝手に字を変換しないで下さい』


手を離せという意味を込めて夕利はキッと睨む。しかし斎藤にとって痛くも痒くも無い。逆に煽るだけ。


「そんな顔をするな阿呆。本当にヤりたくなるだろ」


指で顎を上げさせるとニヤリと笑う。斎藤の目が異様に光っている。


『…勘弁して下さい。今仕事中ですよ藤田さん』


「フッ、休憩だと思え」


腰を引き寄せて体を密着させ、顔を近付けたが


『残念でしたね』


唇が触れ合う前に夕利は手で遮った。どこが残念だと思っていると足音が聞こえる。ほらねと夕利は小さく笑ったが、斎藤は諦めずに唇を合わせようとする。


『ふーじーたーさん、諦めなさい!』


「チッ」


斎藤は苛立ちげに舌打ちをして手を離した。それを受けて、これ幸いと夕利は斎藤から離れた。
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