参
□伍拾弐話「人誅・上」
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『…どうやら彼らが来たようですね』
あの日から十日経った夜、窓を開けて外を見ていた夕利はそう呟いた。
花火と言う名の大輪の花が夜空に咲いている。しかし、良く見ると真ん丸の花火が少し欠けている。失敗で欠けている訳では無い。何かが花火を隠しているのだ。恐らく気球か何かだろう。
「ならもう暫くしたら行くか」
フゥーッと隣で斎藤は煙を吐く。
『直ぐに行かないんですか?』
「目的を忘れるな。雪代縁は今のところ二の次。第一は雪代縁の武器流通の顧客名簿の入手。その為に張がアジトに潜入してるんだろうが」
コン、と夕利の額を人差し指の裏で叩く。
『それはそうですけど…』
「仕事に私情を入れるな阿呆。奴らが死んだら死んだでそれまでだ」
『…じゃあうちが死んだらそれまでですか?』
少し悲しそうな声で聞いてみる。夕利の質問に斎藤はフッと笑う。
「安心しろ。俺が死なせない。だから心配するな」
煙草を持っていない手で優しく夕利の頭を撫でる。らしくない手付きに、胸の奥にある暗い気持ちが落ちた。
「これを吸い終わったら行くぞ」
夕利に掛らないように外に向かって吐いた白い煙は夜の闇に溶けていった。
宣言通り煙草を吸い終わると神谷道場に向かった。道場が見える所まで近付くと夕利は眉を寄せた。
『…門が壊されてますね。それに血の臭いがします…』
「無傷で済むような相手ならこっちは苦労しないぜ」
門があった所まで行くと弥彦が敵と闘っていた。
神谷活心流 奥義の防り「刃止め」!
そして相手の刃を制しつつ手の甲を滑られて柄尻で穿つ!
これが奥義の攻め「刃渡り」!!
十歳とは思えぬ気迫を出して弥彦は奥義の攻め「刃渡り」を成功させた。
(成程…あの構えの練習はそういう事か。それにしても良い気迫だ。成長したね弥彦君)
全力を出し切って寝てしまった弥彦に夕利は遠い所から優しく微笑んだ。弥彦の勝利に気が緩んだ面々は話に花を咲かせる。まだ最後の一人が残っているというのに。静かなのが気になった夕利は横目で斎藤を見ると、呆れたような顔をしていた。
「――……闘いの最中に談笑とは、相も変わらずここの連中は阿呆ばかりか」
フーッと煙を吐く。まだ一人残っている事を思い出した剣心と左之は気球を見た。空に気球は二つ。一つには縁が乗っている。もう一つには…誰もいない。
(薫さんの近くに何かいる!)
すると天井から手が出て来た。突如現れた長い手の攻撃から薫を守った剣心は振り向いて敵を見た。常人より1.5倍も長い手足を持った男がそこにいた。
(…左手が更に長い。恐らく清国の纏足みたいなものか)
夕利がそう思っている間に八ツ目と名乗る男はベラベラ喋る。
「フン、化物の分際でよく吠える」
八ツ目の話を聞き終えた斎藤は冷たく言い放つとフーッと煙を吐く。斎藤と夕利の姿を見た左之と恵は一瞬言葉を失った。
「…夕利、それに……
て…めェ、生きて…やがったのか」
『私達はあんな所で死にませんよ。そこまでヤワじゃありませんし』
「フン、随分な言い草だなオイ。これでも池田屋を始め、戊辰、西南と多くの死地をくぐり抜けてきた身――
新撰組の中では唯一人、不死身と呼ばれた男なんだがな」
…