□伍拾壱話「探し人」
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前川道場、署長宅の襲撃で前より更に忙しくなった。大量の事後処理がある為、夕利は借家に帰れない日が何日も続いていた。それで今は自分の部屋で書類を片付けている。


(早く戻って来ないかなぁ)


今斎藤は蕎麦を食べに行っている。筆と紙の音しか聞こえない中、奥からドタドタと足音が聞こえる。足音の正体が分かっている夕利は別に気にせず手を動かす。バンッと部屋の扉が急に開いた。


「姐さん!旦那がどこのそば屋におるか知りまへんか!」


『…沢下条さん、乱暴に扉を開けないで下さい。後、ノックはして下さい』


「あ、すいまへん………ってちゃうわ!」


一人つっこみをする張は五月蝿い以外の何物でもない。連日処理に追われていてただでさえイライラしているのに、張が加わり更にイライラする。少し声を低くした夕利は苛立ちげに話し掛けた。


『…情報はどこまで集まりましたか?一応聞きます』


書類書きに集中してても聞こえるので問題ない。手を止めずにスラスラと筆を動かす夕利に感心しつつ、張は報告した。

報告し終えると張はどーやと言うように腕を組んで夕利を見た。視線に気付いた夕利はやっと筆を止めて顔を見た。


『なんですか』


「いや、ワイの報告はどーやったんかなと思って見ただけやけど」


『足りません』


「…えっ」


『何度も言わせないで下さい。足りないって言ってるんです』


溜め息を付くと夕利は書類に顔を戻し、手を再び動かし始めた。


「………ほんまにそっくりやな」


本人は聞こえないように小さく言ったつもりだろうが、夕利には丸聞こえだ。


『何がですか』


「!今のワイの呟き、聞こえてたんか!?」


『ええバッチリ。さて、私は誰に本当にそっくり何ですか?』


言い逃れが出来ないように夕利は視線を張に向ける。視線に耐え切れなかったので言いづらそうに少し頬を掻いてから張は話した。


「…旦那にや。言い方とかほんま似とる。前にワイが報告した時に似たような事を言われたさかい」


『まあ、斎藤さんとは似ている所がありますからね。それでかもしれません』


「で、姐さん。どこのそば屋におるんや?」


『そうですね。もう少し詳しい内容が分かれば、助言をあげますよ』


肘を付いてこめかみをトントンと軽く指で叩きながら夕利は言い退けた。それに張は鬼や…と溢す。


『では聞きますけど、私に指摘されるのと斎藤さんに指摘されるの、どっちが良いですか?』


「…それはもちろん、姐さんの方が…」


『ならつべこべ言わずに動いて下さい。何が足りないかは自分で考える事。ちゃんと出来たならヒントを教えますし、今度何か奢りますから』


アメとムチが効いたのか、そんなら頑張りましょかと言って張は部屋を出た。張の気配が消えると夕利は息を吐いた。


『……沢下条さんって単純だなぁ。ま、それのお陰で扱い易いんだけどね。それにしても斎藤さんは鬼だ。場所がそば屋なんて。そば屋なんて東京にたくさんあるじゃん』


あの斎藤の事だ。屋台のそば屋にいるだろう。


『「スダレ頭」って言われたからって…そう言う所は子供なんだよねぇ』


苦笑いを浮かべたまま夕利は筆を動かし始めた。
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