□伍拾話「語る」
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署に着いた夕利は直ぐに斎藤の部屋に入り、見た事や聞いた事を報告した。


「雪代縁か…上海闇社会の頭目とはかなり厄介だな。で、十日後で神谷道場にそいつが来るんだよな?」


『ええ、彼を合わせて六人で向かうそうです。顔を出しに行きますか?』


「…そうだな。そいつと抜刀斎の関係を聞く必要が出たからな」


フゥ…と煙を吐く。二人の関係を知っているが黙っていた方が良いと判断した夕利はそうですねと返した。


『…そう言えば、署長さんは…』


「生きてる。もっとも、暫くは右手が使えないだろうがな」


それを聞いて夕利は暗い顔をした。斎藤はその様子を横目で見ていたが一度溜め息混じりの煙を吐くと、吸っていた煙草を灰皿に押し付け夕利に近付いた。前まで近付いた斎藤は久しぶりにまともに夕利を見た気がした。


(…疲れてるな)


お互い忙しかったのであまり話す機会は無いし、あの日以来体を重ねていない。疲れているように見える夕利を癒す為に斎藤は優しく抱き締めた。ふわりと香る彼女の匂いに体の疲れが取れていくのが分かる。


(俺に甘えろ阿呆…)


周りにはいつものように振る舞うが、本当に辛い時は甘えを言わないし、疲れたとも言わない。言わないで一人で溜め込む。昔からそうだ。


「…夕利、きょ――」


『今日は定時に上がらせて貰います。勝手な行動を取ってすみません』


斎藤の言葉を遮った夕利は申し訳なさそうに笑った。


「…何故だ」


『ちょっと調べ物が』


「言え」


指で夕利の顎を持ち上げて目を合わせさせる。しかし漆黒の瞳は何も語らない。感情を読まれ無いように消しているからだ。


『雪代縁についてです』


斎藤と至近距離で見つめ合っているにも拘らず、夕利は全く動揺しない。これ以上問い詰めても無理だと判断した斎藤は口付けをしようと唇を近付ける。夕利は瞳を閉じて大人しく口付けを受けた。

久しぶりの口中を味わうかのように斎藤は深く甘くしつこい口付けをする。途切れ途切れにお互いの荒い息だけが静かな部屋に響く。唇が離れると夕利は腰が砕けそうになるのを精神力で抑え、真っ直ぐ斎藤を見つめた。


『絶対斎藤さんがいない所で修羅化はしません。だから、修羅化を許可して下さい』


「………」


『危険なのは自分が一番よく分かっています。ですが許可して下さい。お願いします』


後ろに数歩下がると夕利は深々と頭を下げた。斎藤が良いと言うまで上げないと言わんばかりに四十五度の角度で止めている。重い沈黙が部屋に漂う。しかし夕利は諦めずに頭を下げ続けた。



「………絶対だ」



斎藤の声に夕利は顔を上げた。見れば眉を下げ、辛そうな顔をしていた。


「絶対…俺がいない所で修羅化はするな。分かったか」


『はい。許可して頂きありがとうございます』


花が綻ぶような笑みを浮かべる夕利を見て斎藤は胸がきつく締めつけられる。抱き寄せ、いる事を確かめる様にきつく掻き抱いた。
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