参
□肆拾玖話「襲撃」
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赤べこ襲撃事件が起きた為、二人は事後処理に追われていた。
「夕利、こいつがどういう意味か分かるか?」
少し休憩を入れようと夕利がお茶を出すと、斎藤は机に“人誅”と書かれた紙を置いた。
『…人誅…ですか』
「知ってるようだな」
『…ええ。維新志士が、中でも人斬りが特に好んで使った言葉を「天誅」と言います。これは天に代わってその裁きを下す、正義は我に有という意思表示です。
ですが「人誅」は、たとえ天が裁か無くとも己が必ず裁きを下すという全く逆の正義の意思表示…
…あの夜、うちはアレを聞きました』
「…アレ?」
『あの独特の風切音…うちの耳が正しければあれは幕末三大兵器のひとつであるアームストロング砲です』
その言葉に斎藤は眉間に皺を寄せ、煙を吐いた。
「もしそうならアームストロング砲は一個人の手に出来るような代物じゃない。この事件の裏には厄介なのがいるな」
『…もしかしたら、この事件は何かの合図かもしれません』
撃ち上げられたのは復讐開始の合図だというのを、この時の夕利達はまだ知らない。
夕利は気になっていたけれど言わなかった事を言った。
『それにしても斎藤さん、なんでうちにこの事件の。いや、煉獄を志々雄に売った首謀者を調べさせないんですか。沢下条さんでは力不足です』
「…何故分かった」
答えず逆に質問する斎藤に夕利は顔を顰めた。
『うちが先に質問してるんです。答えて下さい』
「何故分かった」
斎藤は書類に向けていた目を夕利に向けた。琥珀色の瞳から苛立ちが見える。質問に答える気がないのが分かったので、夕利は溜め息を付いて斎藤の質問に答えた。
『ここ最近沢下条さんの姿が見えないからですよ。…この時期に姿が見えないとなると、考えられる事はただ一つ。
煉獄の件、この件、これから起きるであろう事件の首謀者を調べさせている事』
夕利は斎藤を見た。調べさせないのには何か理由があるはず。しかしそれが分からない。何故ですかと目で訴えたが逸された。
「…お前は俺の側にいれば良い」
答えずそう言う斎藤に夕利は苛立ち、自分の荷物を持った。
「どこに行く」
『定時を過ぎてるので借家に帰ります』
「阿呆、勝手に帰るな」
『勝手なのはお互い様でしょ!』
キッと斎藤を睨むと夕利は部屋を出て行った。バタンと乱暴に扉が閉まる。足音が遠ざかると斎藤は静かに煙を吐いた。
「…阿呆が。人の気も知らないで」
斎藤が夕利に調べさせないのは、いや…“動かさせない”のは心を休ませる為。
心を休ませるのが心の闇を祓う一番の方法だ
だから好きにするように言ったんだ
夕利が、自分は華阿修羅だと皆に告白した次の日に近藤が隣でそう溢した。散歩で分かるように夕利は動くのが好きだ。デスクワークは得意ではあるが、やはり密偵のような動く仕事を好む。
(好きにさせてやりたい。だが…華阿修羅の事があってそうはいかない)
…夕利が、敵に見つかるようなドジを踏むタイプではないのは知っている。だが、止むを得ず敵と闘う事はあるかもしれない。そして自分がいない所で修羅化をするかもしれない。斎藤が恐れているのはそれだ。
「……俺が…仲間や自分の死すら恐れないこの俺がたった一人の女の事に恐れてる。随分惚れ込んでるな」
斎藤は小さく自嘲の笑みを溢した。
(夕利、お前の為なら俺は鬼でも蛇でもなろう。
だから忘れるな。お前は俺が認めた…心を許した唯一の女だ)
その後久々に署に戻って来た張の報告を聞き、足りんと言って追い返した。