参
□肆拾漆話「忘れ物」
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京都出発を明日に控えた夕利は忘れ物を取りに葵屋に向かう事にした。
「グダグダ話してないで早々と戻って来い阿呆が」
『あー…頑張ります…』
死んだと思っていた夕利が生きていれば、操を始めとする者は大喜びするだろう。それを上手く抜けられるかどうかは、流石の夕利も自信がない。
「…遅かったら俺が行く羽目になるんだ」
フゥ…と嫌そうに斎藤は煙を吐いた。帰って来るのが遅いと心配するのもあるが、行く場所が問題なのだ。
(…あそこには四乃森がいる)
部下からの情報だと今は禅寺ではなく葵屋の和室に引き込もっているらしいのだが、夕利の忘れ物である薬は蒼紫が持っている。恐らく和室から出て来て自らの手で渡すだろう。未遂だったらしいが、夕利を襲った件があるので一人で行かせたくない。しかし操は斎藤をもの凄く嫌っており、斎藤も操のあの五月蝿い声が嫌いだ。
『上手く抜けられるように努力するので葵屋に来ないで下さい。近所迷惑になるのが目に見えてます』
苦笑いを浮かべると夕利は部屋を出た。
「…どうしたら蒼紫様は笑ってくれるんだろ……」
店の前で箒で掃いている操はぼそっと呟いた。
剣心達が葵屋を去る時、蒼紫を笑わすのは操の役目だと言われたので、操は蒼紫を笑わそうと努力した。しかし笑う所か口を開かないし、見もしない蒼紫の冷たい態度には流石の操も落ち込む。はあ…と暗い顔で溜め息を付いた。
「お嬢さん、そんな暗い顔をしていたら幸せが逃げますよ?」
誰だと思って顔を上げれば警官が目の前に立っていた。制帽を深く被っている為、顔は見えない。
「あのすみません。ここに四乃森蒼紫さんがいると聞いたのですが」
「蒼紫様に何か?」
「はい、忘れ物を取りに来ました」
「忘れ物?」
「ええ、本人に『忘れ物を取りに来た人が来た』と言えば、恐らく渡してくれると思います」
そう言うと口角を上げて警官は微笑んだ。少し低めの綺麗な声に操は一瞬ぽーっとしたが正気に戻った。
「じゃあ少し待ってて」
「お願いします」
「蒼紫様ー」
部屋に入ると蒼紫はいつものように静かに書物を読んでいた。
「蒼紫様、忘れ物を取りに来た人が来たんですけど知ってますか?」
それにピクッと体が動き、蒼紫は操に体を向けた。操は久しぶりにまともに蒼紫の顔を見た気がした。
「………その人は…?」
「警官で葵屋の前で待ってて貰ってます」
「そうか…」
蒼紫はスクッと立ち上がると引き出しを開けて何かを取り出した。
「…それが忘れ物?」
「…ああ」
丸くて缶のような物だが、蓮の絵が描かれているそれには上品さが漂っている。
「渡して来ます!」
「…いや…自分で渡す」
「…えっ」
蒼紫の言葉に操は固まる。それを尻目に蒼紫は部屋を出て玄関に向かう。食事の時か、寺に瞑想しに行く以外、部屋から全く出なかった蒼紫に操が驚くのも無理はない。
「あ、蒼紫様待って!」
置いて行かれまいと操は急いで蒼紫を追い掛けた。