□参拾参話「新月村・下」
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志々雄の館が見えてくると門の前に人が立っているのが見えた。


(あの人は…)


三人が門の近くで止まると門の前に立っている青年、瀬田宗次郎はニコッと笑った。


「緋村抜刀斎さんに、斎藤一さん、ですね。あと夕利さん、久方ぶりです」


名前も知らない敵がいきなり親しげに夕利の名前を呼んで話し掛けて来たので、斎藤は不機嫌になりつつ横目で夕利を見た。


「…オイ夕利、なんでお前の名前が敵にバレてやがる?」


『…理由は後で話します』


「夕利さん、約束通り、苗字も教えて下さい」


『瀧波です』


「そうなると、瀧波夕利さんか…綺麗な名前ですね」


夕利は相変わらずの無表情だが、自分以外の男と話しているのが気に食わない斎藤は顔を顰める。宗次郎の声を聞いて、剣心はあの時の声だと確信した。


「気をつけろ二人とも。あれが大久保さんを暗殺した男だ」


(やっぱり…)


「嫌だなぁ、今日はただの案内役ですよ。ほら、武器は一切持ってませんから」


両手を軽く広げ、ヒラヒラと手を上下に振って武器がない事を見せた。だが、


「奥の間で志々雄さんが待ちかねています。さあ、どうぞ」


そう言った宗次郎はさっきとは打って変わって細めていた目を開き、口元だけを少し上げる冷たい笑みを見せた。


「……………」


「警戒したところで事は始まらんさ。いくぞ」


ギギギィと不気味な音を立てて門が開き、四人が潜り終わるとバタンと閉まった。
中は志々雄がいるだけあって立派な作りをしている。宗次郎を先頭にゾロゾロと付いて行く。歩きながら斎藤は視線を夕利に向けて話し掛けた。


(夕利、お前の名前がバレてる理由を教えろ)


斎藤の視線に気付いた夕利は同じように目で答えた。


(うちと斎藤さんが神谷道場にいた時、斎藤さんが大声でうちの名前を言ったからですよ)


(…あの時か。言わせたお前が悪い)


(はぁ…はいはい、うちが悪うございました)


会話している内に奥の間に着いたらしく、宗次郎は襖を開けた。部屋の奥には胡坐をかいて煙菅で煙草を吸う男と、それに寄り添う女がいた。


「お主が………志々雄真実でござるか」


「“君”ぐらいつけろよ。無礼な先輩だな」


「気にするな。無礼はお互い様でござる」


志々雄のおどけた言葉に同じように返す気のない剣心の目は鋭い。ピリピリとした緊張が漂う中で、未だに志々雄の側に行かない宗次郎が気になった斎藤は言ってやった。


「オイ、そんなとこにボーッと突っ立ってていいのか。抜刀斎なら、一足跳びで志々雄の所まで斬り込むぞ」


「大丈夫ですよ。緋村さんは斎藤さんと違って不意打ちなんて汚い真似、絶対しませんから」


「ちっ…
(こいつ、見透かしてやがる)」


隣にいる宗次郎ににこやかに言われてしまったので斎藤は舌打ちをした。


『見透かされてますね』


「分かってる。イチイチ口に出すな阿呆」


『はいはい』


新撰組組長を務めた斎藤に対して怖じ気つかずに会話している夕利に気づいた志々雄は一度紫煙を吐くと煙管から口を離した。


「…髪の短い女警官って事は、あんたが夕利か」


『まあ多分そうです』


「気配を消した宗次郎に気付いた時点であんたはただの女じゃない。あんたは何者だ?」


煙菅で夕利を指すと、穴から出ている煙が舞う。ゆらゆらと揺れる煙を暫く見つめた後、夕利は正直に言ってあげる事にした。


『…そうですね。

華阿修羅…とでも言っておきましょうか』


斎藤と剣心は目だけ動かして夕利を見て、分からない宗次郎と女は首を傾げ、志々雄は目を見開いた。


「………ホウ、なかなか面白い事を言うな。その名前を出すなら、証拠でもあるのか?」


『証拠と言うか分かりませんが瀬田さん、私があなたに投げたナイフ、今持ってますか?』


「嫌だなぁ夕利さん、瀬田さんだなんて。そんな堅苦しい言い方じゃなくて宗次郎で良いですよ。ナイフは記念に持ってます」


『そうですか。ならそれを私に渡して下さい』


「…えっ、夕利さん、もしかして…」


『そのまさかですよ。向こうに投げつけます』


夕利は視線を志々雄に向けたまま言葉を続ける。


『まぁ、場所が神社でナイフじゃなくて懐刀みたいな短刀があれば、あの時の事をより再現出来るんですけどね。向こうが覚えているか分かりませんが』


いくつかあの時の事を思い出させる単語を言ってみる。夕利と志々雄は暫く見つめ合った。周りは二人の様子を見ている為、静かだ。
静寂を破ったのは、弾けたように笑い出した志々雄の声だった。


ハアーーハッハッハッハッハッ!!!


「し、志々雄様?」


「ああ確かに本物に間違いないな。しかし驚いたぜ。一時期京都を騒がせた人斬り華阿修羅がまさか女で、しかもこんな良い女だったとはな」


志々雄の目はギラギラと光り、夕利をしっかりと捕えている。


「そうとなればあんたは俺と一緒だ。“警官ゴッコ”なんてやめてこっちに来ないか?歓迎するぜ」


『…“警官ゴッコ”とは失礼ですね。それに、そういう寝言は寝てから言って下さい』


「ククク、つれねェな。だが…



誘いがいがある」


そう言って志々雄はニヤリと笑った。
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