相縁奇縁

□とある夫婦の日常
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料理をしていると、夫である斎藤が髭を剃りに風呂場の洗面台に行く足音を聞いた。一人暮らしだと自分のペースでやりくりするが、結婚すると相手のペースを読んで動かなければいけなくなる。遅くても後十五分ほどで朝食を作り終わらなければと思いながら、夕利は味噌汁の味見した。


「今日は仕事の日だったか?」


『ええ、なので外とかで済ませて来て下さい』


仕事というのは、小さい頃からの馴染みである葵屋の手伝いだ。夜まで手伝うのでカレンダーにきちんと書いて置いているが、それでも聞いたのは、確認の為だろう。ああ、と簡潔に返した斎藤は黙々と箸を進めて朝食を食べて行く。ご飯を咀嚼する様子は、贔屓目で見ているとは思うが、可愛い。言えば馴染みの言葉を言われて呆れられるのが目に見えているので、夕利は弁当におかずを詰める事で頑張って耐えた。


『よし、準備しようっと』


斎藤を見送れば仕事前に簡単な掃除をする。向こうの計らいで、手伝いは土日休みの週三回となっている。これで給料をきちんと払ってくれるので、ホワイトな料亭だ。まあ、夕利が身内みたいな立ち位置だからかもしれないが。薄く化粧をしてから戸締まりをして、徒歩と電車に乗る時間を合わせて約二十分ほどで料亭 葵屋に到着する。玄関に向かう為の戸を開けると馴染みの顔が出迎える。


『おはようございます、翁』


「ああ、今日も頼むぞ夕利」


愛称“翁”で通っている柏崎念至がニヤリと笑いながら挨拶する。裏口から中に入って仲居用の個室に入れば、お増とお近が既に来ていた。


『おはようございます』


「おはよう」


「おはよう夕利ちゃん」


来たばかりらしく、二人はまだ私服だった。軽い世間話をしながら葵屋で支給されている着物に着替え、化粧直しをしたり髪型を整えていく。お互いに身なりを確認してから表玄関に向かい、他の仲居が来るのを待つ。揃えば翁が今日のランチメニューの説明をしてから色々指示を出した。
料亭の中ではわりかし早くランチメニューを取り入れ、客の層を厚くした葵屋は老舗料亭として時々テレビや雑誌の取材を受けている。なので客足が絶える事はなかった。

ランチタイムが終われば中休みに美味しい賄いが出され、それが終われば夕食に向けて動き出す。夜は予約制なので、時間が決まっている。合間を見つけて休憩をとっていると、休憩室の扉が開いた。


「夕利姉!」


『ああ操ちゃん、お帰りなさい』


「うん!」


幼馴染で高校生である操が帰ったようだ。まだ制服なのにここに来た理由が気になっていると、訊く前に操が答える。


「今日は夕利姉が来る日だから顔を見に来たの」


『ふふ、そうなんだ』


「…だって、アイツがいると夕利姉と話せないんだもん」


『あー…あはははは…』


夕利は幼馴染である操を妹のように可愛がっている。操がいるとあまり斎藤を構わなくなるので、それを面白くないと思っている斎藤が夕利から操を遠ざけようとするのだ。


「夕利姉、今度の土曜日は暇?もし空いてるならあたしと出かけようよ。久しぶりに夕利姉と買い物に行きたい」


『うーん…日曜日じゃ駄目?』


「…夕利姉っていつも土曜を開けたがるけど、何かあるの?」


『えっ、あーまあ…色々あって…』


斎藤に接待のゴルフがなければ土日は休みなので、金曜は高確率で斎藤に抱かれる。土曜に人に会う予定が入っていると斎藤は必ず首筋に痕を付けたがる。それに、夜の営みの後遺症である腰の痛みを抱えたまま出かけるのは肉体的にも精神的にも辛い。だから人と会う時はなるべく日曜にしている。…斎藤もそれを分かって金曜に夕利を抱き潰すのだけど。
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