相縁奇縁
□知り合い その一
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パソコンのキーを打ち込む音に、時々電話の音が鳴り響く。定時までに終わらす為、壬生狼株式会社の社員達は頑張っていた。
「はい終わりっと」
芝居がかったようにエンターキーを押した沖田は、一息付くと隣のディスクを覗き込んだ。
「斎藤さん、終わらなさそうならちょっと手伝いますよ」
「その必要はないです。今終わりました」
素早く、打ち込んだデータを確認して保存した斎藤は温くなったコーヒーを飲み干す。デスクワークが苦手な原田を手伝おうと思ったが、隣の永倉が既に手伝っている様子だった。
(今日は葵屋の手伝いはないから必要ないとは思うが…一応聞いておくか)
スマホを手に取り、メール画面を開く。それを目敏く見つけた沖田はニヤニヤし出した。
「おやおや斎藤さん、奥さんにメールですか?」
「帰りに買うものはないか聞くだけです」
ウザったいので片手で文章を打ちつつ、沖田のパソコンのキーボードを弄ろうとする。まだデータを保存していなかった沖田は斎藤の手を払い退けると、慌ててデータを上書き保存した。
「あーもう、何しようとしてるんですかまったく!」
「…人の事を気にしているそっちが悪いんですよ、沖田さん」
メールを送ると、猫撫で声で言いながら上っ面を装っている例の笑みを浮かべる。それを見た沖田はうわぁ…と溢す。沖田の方が一つ上で、高校・大学と世話になっているが、社会人になってもまったく変わらない。絡まれなくなると、斎藤はスマホを置いて新しいコーヒーを入れに行った。ちょうどそこに副社長の土方がいたので軽い話をしていると、沖田がやって来た。
「土方さん、この後予定あります?」
「あ?ねェがどうした?」
「ふふ〜ん」
悪戯小僧のような笑みを浮かべた沖田は、自分の脇からひょっこりスマホを出す。良くみるとそれは、斎藤のスマホだった。
「オイ!」
「久しぶりに夕利さんに会いたくないです?しかもお料理付きで」
「勝手に人のスマホを弄るな阿呆!」
思わず敬語を崩した斎藤は沖田を捕まえにかかる。沖田はそれをひょいひょい躱す。
「つーかなんでロックが外せた!」
「斎藤さんが弄っているのを横目で見たからで〜す」
「…お前ら、ガキじゃねェんだから静かにしろ」
「なら沖田君を止めて下さい!」
半ギレの斎藤を見て、やれやれと思っていたが、沖田はちょうど来た社長の近藤の後ろに隠れた。
「そもそも、斎藤さんが夕利さんに出会うきっかけを与えたのは僕達なんですよ。それなのになんで付き合うとなったら、葵屋で食べるな、なんて言われなきゃいけないんです?僕、あそこのお店気に入ってたのに」
「俺を話のタネにするのが見えているからだ」
「しませんよ〜――多分」
「ッ!だから嫌なんだ!」
「それで?僕達もお夕飯、そっちで一緒に食べて良い?」
近藤を盾にして沖田はにっこり笑う。斎藤は眉間に深い皺を寄せた後、諦めたような溜め息を付いた。
「……分かりました、良いですよ。だから早くスマホを」
「ま、もう夕利さんに夕飯一緒に食べて良いかメール送ったんですけどね」
「〜〜!…あのなぁ」
「総司、人のスマホを弄ってはいけないよ。ほら、返してあげなさい」
「はーい」
近藤に言われて素直に斎藤のスマホを返す。斎藤はそれをぶん取るように強引に取り、沖田に視線を送った。
「…人のメールを見てないだろうな?」
「多分」
「……変なサイトを見てないないよな?」
「それはないです」
「………分かった」
斎藤は疲れたように溜め息を付き、席に戻って行く。土方はそんな斎藤を慰めるように隣を歩いて肩を叩く。近藤の軽いお叱りを受けて一人になった沖田は、夕利からのメールの返信を思い返した。
もう消したが夕利にメールを送る時、斎藤を装って送った。送信履歴を見て、斎藤が打つ文章は淡白なものだったので分からないと思っていた。だが
“あの人に、了解しましたと伝えて下さい。沖田さん、人のスマホ、勝手に弄っちゃ駄目ですよ?”
(…僕の方が先に夕利さんに会っていたのに…)
葵屋の看板娘的な立ち位置であった夕利の心を射止めたのは、まさかの斎藤。世の中、分からない事があるもんだと思いながら沖田は近くにあったコーヒーメーカーを小突いた。