流加伊演義

□第三節「連れ」
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町によっては、悪人だらけで治安が悪い所がある。警察署や役所だって安全とは限らない。比較的安全であると記憶している茶屋で女性を下ろし、夕利が二人分の食事の料金を払った。


『では私はこれで失礼します。お金は多めに払ったので、多少値が張るものを頼んでも大丈夫ですよ』


「なんとお礼を申し上げたらいいのか…本当にありがとうございます!」


『これを機に、自分の体調にも気を配って息子さんに心配をかけないようにして下さいね。

今回は私みたいな人が助けましたが、次もそうとは限りません。油断せず、お母さんをしっかり守りなさい』


涙目の少年の頭を撫でた夕利は草履屋に向かって草履を買う。まだ履けるのに新しいのに履き替える夕利に店主は首を傾げる。


「お兄さん。それ、まだ履けるのに替えるのか?」


『これからこれを履き潰すので、履き慣れた奴は取って置くんです。
じゃあ、そういう事で』


古い草履を風呂敷に包んで背負い、新しい草履の鼻緒を足の指の間にしっかり食い込ませると夕利は土煙を上げてその場から姿を消す。余計な時間を食ってしまったので縮地で走っているのだ。


(えーっと三人の位置は……ん?なんで永倉さんが瀬田さんに接触してるんだ?)


永倉が店内で宗次郎に接触しており、安慈が何故か茶屋から少し離れた所にいる。夕利は直ぐに理解した。


(永倉さん、安慈さんを信用してなかったからなぁ。安慈さんが瀬田さんと結託するかもって思ったのか。…うちがいなかったら、永倉さんはそう思うか)


永倉本人は狸を装っていても新撰組組長を務めていた男。いくら信頼している夕利が大丈夫だと言っていても、犯罪者である安慈を信用する筈がない。まったく、と夕利は軽く思っただけで怒りとかの感情は湧かなかった。

安慈から少し離れた所で縮地を止め、徐々に速度を落として歩く。草履を見ると、底が擦りきれ鼻緒も今にも切れそうだ。突然夕利が現れた事に安慈は目を見開いたが、草履が駄目になっているのを見て理解したようだった。


「…縮地が出来るのは宗次郎だけだと思っていたが、夕利殿もか」


『なんか自然に出来ましてね。杉村さんに、ここで待ってろと言われたんです?』


「ああ。夕利殿に言われた通り、私が宗次郎を説得をと言ったのだが断られた」


『まあ、私がいなかったらそうすると思っていたので、仕方ないですよ』


話している間に茶屋から永倉と宗次郎が出て来る。店内での説得に失敗したのだろう。草履を履き替えながら二人の闘いを見つめる。


(…瀬田さんの速度は申し分なし。永倉さんも瀬田さんを目で追えているな)


宗次郎もだが、永倉の衰えも心配していた。動体視力と勘は問題なさそうだ。一旦宗次郎が止まった事で土煙の中から二人の姿が見えた。


「成程、速い。参ったね、こりゃ」


「…僕、四人程知ってます。

僕の縮地を破れる人。
実際に破った人。
刺し違えても破りそうな人。
恐らく縮地が出来る人。

あなた、幕末の生き残りですね」


「俺は明治の死に損ないだよ」


「縮地の二歩手前、いきます」


「おいで、坊や」


宗次郎は一直線に向かって永倉に斬りかかる。その結末を夕利は予測していた。


「捕、まえた」


宗次郎は永倉の笠を斬ったけれど、永倉に刀を通じて体の重心を押さえ込まれていた。耳をすませば、ミリミリという音が聞こえる。夕利は小声で二人を止めるよう安慈に頼んだ。


「どうだい。龍の尻尾に絡め取られた気分は?」


「…この技、これでお終いじゃありませんよね?」


「御名答。俺の得意技は三連動作。受ける!崩す!!叩き斬る!!!

降参するかい?」


「まさか。
僕の縮地は、崩した後でもあなたより速い!」


「仕方無ぇなぁ。死ぬなよ、天剣!」


二人の剣気が膨れ上がる。刃の組み合いが解ける、という所で安慈が二重の極みを放って二人の間に入り、反応が遅れた宗次郎が持っていた長脇差を粉砕した。


「安慈和尚!」


「オイオイ、出て来るなって言ったろ」


「すまぬな。まずは私から説得すると言ったのだが」


使い物にならなくなった長脇差を放る宗次郎に安慈が言うと、永倉は「やだよ。お前達が結託したらどうするんだっての」と溢した。


「相変わらず恐い顔してますね。お元気そうで何より」


「話は道中でする。共に来てくれぬか、宗次郎」


「いいですよ。和尚のお誘いなら何処へなりと」


「え〜〜〜…」


さっきまで殺し合い一歩手前まで行ったのにあっさり同行を承諾した宗次郎に永倉は呆然とする。永倉が踵を返して店内に入っていった所で夕利は隠れるのを止めて茶屋に近付く。


「あっ!」


『しー、ですよ』


笠の隙間から宗次郎を見ると、嬉しそうに顔を綻ばせている。茶屋に入ると店員達は手配書を持っており、その似顔絵は永倉の前にいる男にそっくりだった。


「あー…」


「い…命ばかりは御勘弁ををををを」


『五月蝿いですよ』


騒ぐ男の懐に入って鳩尾を殴る。とりあえず気絶させて男の体を支えてあげると、夕利はゆっくりと永倉と向き合った。


『名無しのごんべえさ〜〜ん?』


「もう来たのかい…もしかして、縮地が出来るって坊やが言ってたのは…」


『さぁ?誰でしょうね』


「…怒ってるか?」


『怒ってないですよ』


「いや怒ってるだろ!」


『怒ってないですって。そんなにお詫びがしたいんでしたらはしかぷ餅、四つ自腹で買って下さい』


「…四つも食べるのか?」


『皆の分ですよ察して下さい』


「ヘイヘイ。主、はしかぷ餅四つ」


「…は、はい、ただいま」


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