流加伊演義
□第四節「碧血碑」
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「斎藤、緋村、少し飲まないかい?酒とアテはある」
「…こいつが酒を持ってるのは、永倉さんの差し金か」
『あーまあ、ここで別れたらゆっくり話が出来ないのは確かだなぁと思いまして』
「拙者は構わぬが…斎藤次第でござるな」
「……ハァ、少しだけだぞ」
「左之」
「わーかってる。嬢ちゃんに伝えとく。オラお前等、宿に戻るぜ」
「かたじけない」
「気にすんなって。じゃあな夕利。機会がありゃ、斎藤抜きでゆっくり話そうぜ」
『お断りします。これでも一応、斎藤さんの妻なので』
「おーおー、前よりつれなくなってんの」
左之達は阿爛と旭の案内で、安慈達は鎌足と張の案内で山を下って行く。声も足音も遠ざかって行くと、なんとも言えない表情の永倉に小声で耳打ちされた。
「…オイ夕利、大丈夫かい?」
『ん?何がですか永倉さん』
「そりゃ、左之助と総司にそっくりな奴に好かれてりゃ、憑かれてんじゃないのかって思うだろ」
『他人の空似ですよ。それに言うでしょ。世界には自分と似た顔が三人もいるって』
長い付き合い且、気を許している相手なので永倉と近距離になろうが不快に思わない。だが斎藤は許せないようで、夕利と永倉の間に割って入った。
「永倉さん、いい加減こいつから離れてくれ。夕利、飲むんだったらサッサと準備しろ」
「おーおー、幕末の頃から嫉妬深い旦那サンがお怒りだ。くわばらくわばら」
『あーすみません。準備します』
「…」
側で三人のやり取りを見ていた剣心。以前から斎藤と夕利を知っている剣心から見ても、永倉を交えたやり取りはこなれている感がある。剣心は、永倉がいる事で改めて疑問に思っていた事を夕利にぶつけた。
「夕利殿、新撰組とはどういう関係でござるか?」
“華阿修羅が現れたならば近くに壬生狼が。壬生狼が現れたならば近くに華阿修羅がいると思え”と言われていた程、華阿修羅は新撰組に協力していた。が、共に闘っていたと聞いたのは片手で数える数もない。共に闘っている影が見えないのにこんなにも新撰組の面々と仲が良いのには何かあると踏んだのだ。
夕利は一度、斎藤と永倉の顔を見た後に答えた。
『どう答えて欲しいんです?新撰組の世話になっていたと聞きたいのか、両親を殺した夜盗を全員斬り殺した後に近藤さんと土方さんに保護されて新撰組の女中になっていたと聞きたいのか』
「!…新撰組の、女中?」
『ええ』
「……夕利という名に、新撰組の女中……
…ああ、確かに、抜刀斎として影に潜んでいた時、何度か名を聞いていた。美人で有名な新撰組の女中、夕利と…」
『美人はどうでもいいとして、夕利という名の新撰組の女中ならば私の事でしょう』
「……夕利殿が新撰組を出たと聞いた時期と、華阿修羅が現れなくなった時期は確かに重なるな…」
顎に手を当てて思考する剣心の横で、自分の情報をベラベラ喋るなと言いたげな斎藤の視線を受ける。彼ならこの程度説明して構わないでしょうと肩を竦めて見せれば、なんだ夫婦で会話かと永倉に茶かされた。
『二人(新撰組)と親しいのは、そういう事です』
「…なら、何故華阿修羅を?」
『流石にそこまで答える義理はないですよ、緋村さん』
「……そうでござるな」
はっきりとした拒絶を受けて剣心は落ち込み、そんな剣心に当たり前だ阿呆がと言い放つ斎藤が追い打ちをかける。一気に雰囲気が悪くなったのを察した夕利と永倉がなんとか場を取り持ったのだった。