流加伊演義

□第二節「合流」
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【もし敵が索敵に気付いて場所を変えたらどうする?】


(気配を探れる範囲だったら、どこへ逃げても変わらない)


【そうだな。愚問だったな】


声で彼がカラカラ笑っているのを感じる。お互いの心の準備が出来ると、夕利は静かに気を高めた。

夕利が良くやる“気配を探る”は、一言で言ってしまえばどこに気配がいくつあるかを探るもの。慣れたものや覚えた気配はそれで探れれば分かるものの、知らない強者がいたらその他と一緒になって分からなかった。しかし、今やろうとしている“索敵”は、範囲内の人間を己の気で包んで探る事で、ある程度の力量まで分かるのだ。


(うちと――を楔に地と繋がり…気を、高めて、膨らませて…)


索敵は、五年前では出来なかった。斎藤から離れず闘いに身を置き続け、“彼”が抱いていた“敵と見なした他者を容赦なく殺せる心持ち”と“他人への無関心”は、やはり夕利自身も抱いていたものだという事を自覚した事で出来た。…要は斎藤よりも、もう一人の己との繋がりを強化した事で索敵は出来た。

夕利が何かしようとしているのを肌で感じたのか、永倉の視線を感じる。それに揺らがず気を高め続けた夕利は、遂に気を開放させた。


「ッ!!」


いつも飄々としている永倉が体を強張らせたのを感じた。永倉だけでなく周りの看守達も同様だ。敵を探る為に行っている夕利はそのまま索敵を続ける。気が津波のように集治監を飲み込んで行く中で、一瞬強張らせたけれど身を任せた強くて感じた覚えのある気配を感じた。


(…安慈さんか…)


索敵の前では抵抗は無意味。それを瞬時に理解した安慈に感心しつつ集治監を飲み込み終わり、町や山へと向かう。









「…何か来る…」


樺戸集治監の周囲には森と山々があり、そこで着々と実検戦闘の準備を行っていた集団は、目に見えない何かが迫って来るのを感じた。あらゆる技術が発達している今では、科学物質を使ったガスで敵を殲滅させる事が出来る。面々は咄嗟に目と鼻を塞いで息を止めた。ところがだ。


(!…目と鼻を塞いでも入って来るのか…!)


意思を持った何かが耳や肌の毛穴から体の中に入り込んで来るのを感じた。淡々と、容赦なく、人としてではなくまるで実験動物を相手にしているかのようにソレは一人一人の体を隅々まで丹念に侵していった。
暫くして悪寒を引き起こすモノが引いて、男達は漸く息を吸った。


「…なんだ今のは…気味が悪い」


「長く生きて来たけれど、今のは初めてだね」


「“飛號”、お前も飲まれたか?」


「ああ」


「うむ…今の正体は分からないが、やったと思われる相手に心当たりがある」


「ついさっき樺戸集治監に入ったっていう、斎藤一の部下の瀧波夕利か」


「ああ。…実検戦闘成功の為、念を入れて場所を移動する」







(…山に移動したな。なるほど、あれが劍客兵器か)


妙に抵抗する強者四人の気配を覚えた夕利は気を引かせ、目を開けた。集中していたので体がだるくて頭が重い。顔を上げて汗を手巾で拭いていると永倉が話し掛けて来た。


「夕利、なんだ今のは?」


『気配を探っていただけですよ。
看守さん、今は山の方に移動していますが近くに“熊”が四頭いるようです。明日は警戒した方が良いでしょう』


「へ、はい。了解しました。それでしたら隙を突いて、今夜に討伐した方がよろしいのでは?」


『先手を打とうとして返り討ちに遭ったのが、今日の早朝で起きた函館山の件です。それに、二手に分かれるのは得策ではないかと。動かせないこの樺戸集治監が襲われれば不利になるのはこちらです。

(…月形にいる劍客兵器とやらの目的は、恐らくここを襲って囚人を解放する事…人がいる分被害は出るけれど、人手はいた方が絶対良い)』


冷静に分析していると、白髭の看守が何か気付いたのか冷や汗をかき出した。
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