流加伊演義
□第一節「流加伊演義」
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…
沈んでいた太陽が朝を知らせる為に顔を出し始めた。夕利は、腕枕をしてくれたまま寝息を立てている斎藤の腕から抜け出す。自分の布団を畳んで着替えを済ませば、引き出しに仕舞ってあった藍色の簪を取り出した。
(申し訳ないな…これを取るなんて…)
お守りとして斎藤に渡していた藍色の簪。動乱の幕末を生き抜いたのだから、女物の簪を持つ必要はない。
この簪の他に銀色の簪、斎藤が剣心と闘った際に折れた刃先と、夕利には斎藤を偲ばせるものがある。が、斎藤にはない。夕利は書いた手紙と、こっそり切った自分の髪が入っているお守りを台の上に置いた。
(…我ながら重いな)
想い人でなければ渡されてドン引きするような品を置く自分が可笑しいのは分かっている。それでも、両思いになった斎藤の心に少しでも自分を残して置きたかった。
振り向いた夕利は寝ている…振りをしてくれている斎藤を見た。自分には勿体ないくらい大人で、さりげない優しさと、熱い情熱を内に秘めている彼と離れる事を思うと胸が苦しくなるが、闇を祓う為なので仕方がない。夕利は静かに斎藤の脇に行き、膝をついた。
『…うちは必ず………必ず貴男の隣に戻って来ます。だから待ってて下さい。
愛してます。
さよなら…』
囁いた夕利は斎藤の額に唇を落とし、優しく微笑む。立ち上がろうとすると、布団から斎藤の手が伸びて来て手首を掴まれた。
(ッ…説得するしか、ないか…)
掴まれた手を振りほどこうと思えば出来るが、止められたとなると斎藤を説き伏せねばならない。夕利が直ぐには出て行かないと分かった斎藤は体を起こした。
『……起きてたんですね』
「知ってたクセに」
『…やはり、納得出来ませんか?』
「なぁ、夕利。再会した翌日、お前が俺をなんと言ったか覚えているか?」
『…』
きっと、警察署で新撰組を出てから今に至るまでの過去を話した時の事だろう。斎藤が何を言いたいのかを察し、夕利は何も言わずに口を閉じる。それを予想していたのか、斎藤は嫌な顔をせずに言い放つ。
「“光”と言っただろ」
『……』
「夕利、お前が抱えているその闇、光(俺)が祓う」
琥珀色の瞳から放たれる鋭い眼光。強引だけれども決して目を逸らす事は出来ない、強い光。夕利はただ魅いられたように斎藤の瞳を見つめた。
「俺の側にいろ」
『………』
心を強く揺さぶられる瞳。その瞳から目を逸らして離れられる程、夕利は強くなかった。
心と体の想いは一致し、夕利は小さく頷く。それを見た斎藤は手首を掴んでいた手を滑られ、一度掌同士を合わせてから夕利の手に指をしっかりと絡ませた。夕利は迷いに迷って、恐る恐る絡ませ返す。すると抱き寄せられ、掻き抱かれた。
「愛してる」
愛しくも恋しい男の口から出たのは、愛の言葉(呪い)。その言葉を聞いて夕利は、斎藤から離れて闇を祓う機会を永遠に失ったと直感した。
(…後悔はないとは言えない…でも)
肩や腰に回して来る斎藤の腕はまるで、どこにも行かないよう縛り付ける鎖のよう。それに囚われる快感を知ってしまったら、もう戻れなかった。
斎藤の腕が緩んだので顔を見ると唇を塞がれた。舌を絡め取られ歯列をなぞられ咥内を荒らされるけれど、夕利は懸命について行く。一度唇が離れると、二人は布団に倒れ込んで躯を重ねた…