相縁奇縁

□知り合い その三
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夕利が比古の元で暮らしていた時、夕利はそんなに比古に反発した事はなかった。初めて強く反発したのは、当時社会人だった斎藤と付き合うのを止めろと言った時だった。


「しかしまあ、良くあいつの心を射止めたもんだな。見ての通り、あいつは執着心が薄いってのに」


「そこは気力と心遣いでだ」


「気力はともかく、心遣いってのはお前の顔に似合わないな」


「フン、勝手に言ってろ」


やっぱり夕利の言う通りとりあえず比古の希望通り顔を見せて、サッサと帰れば良かったと言いたげな顔で斎藤は酒を注ぐ。比古は片膝に頬杖を付いて斎藤の目を観察した。


「何故そこまであいつにこだわり、心を砕く?初めて会ったのは葵屋で、あいつが高校生の時だろ?」


「お前に教える義理はない」


「……もしかしてお前、実はその前に夕利に会っててその時に一目惚れしたとかそういうのか?」


「!?」


長く話しているならともかく、全然情報を与えていないにも拘わらず言い当てられた。分かりはしないだろうと高をくくって美味い酒に気を取られていた斎藤は素で目を剥く。かなり年下の癖に決して比古を敬わない、剣心より可愛くない斎藤の弱みを漸く握れた比古はニヤッと意地悪そうに笑って見せた。


「ホーウ、そうか。それならあいつが高校生でお前が社会人だろうが、必死になって夕利を掴まえようとする訳だな」


「…お前が饒舌に喋ってくれたお陰で俺も分かった。そういうお前も、その顔で一目惚れを経験した口だろ。しかも相手は、あいつの母親だろ?」


「!?」


「クックックッ。どうやら、図星のようだな。
隠しているつもりだろうから親切心で教えてやるが、あいつはそれに気付いてるぜ?」


「何!?」


「…フッ、夕利が気づいてないだと?あいつが俺以外の事でそんな阿呆な訳ないだろうが。恐らくお前の陳腐な自尊心など既に見抜いている。その上で敢えて知らんふりをして、必要な時だけ利用しているんだ」


「…」


夕利の過去の言動を思い返して見ると、確かに、気付かれているかもしれないと思えて来るものがいくつかあった。いつの間にか下がっていた顔を上げれば、斎藤は心底愉しそうに笑っていた。


「夕利に直接言われず、俺に教えて貰って良かったなァ?」


「ッ……こんっっの野郎…!夕利!今すぐこいつと離婚しろ!!」


「フッ、仮に離婚届けを書くとして、理由はどう書かせるつもりだ?俺に秘密を知られたからってか?」


「こ、こいつ!!」


『ちょっと!五分ぐらいしか経ってないのになんで喧嘩になるんですか!比古さんの方が大人なんですから我慢して下さい!』


簡単な摘まみを持って来た夕利は急いで二人の間に入る。置かれた摘まみを一口食べた比古は、もう帰れ、せっかくの酒と摘まみが不味くなると手で払う仕草を見せた。比古が怒るのは、夕利でも滅多に見ない。後ろから抱き締めて来る斎藤を見上げた。


『…何の話してたんですか?』


「お前は気にするな。
(…さっきの話、夕利は勿論、あの野郎にも言うんじゃねェぞ?)」


(そういうお前こそ後で言うじゃねェよ?直接言われたら流石の俺でも堪える)


(…なんか目で話してるなぁ。読めそうだけど、読んだら面倒臭くなりそうだから止めて置こう…)


根のどこかが似ている二人の、目での会話を見なかった事にした夕利は会話が終わるまで斎藤に抱き締められたままになった。
呼んだ張本人に追い出されるように家を出た二人は電車に乗って自宅に帰る。斎藤が片眉を吊り上げたまま無言を貫いて気まずいので、何気なく電車の広告映像を見ていると知っている顔が映った。


『あっこの映画、映画館貸し切って見せてやるって志々雄がメールして来た奴ですね』


爆薬を贅沢に使ったド派手なカーレースシーンと、動体視力の良い夕利から見ても早い速度で行われている戦闘シーンが映像で流れる。この映画は夕利の顔見知りである志々雄真実が作ったもの。漫画や本を原作とした実写ものばかりを作る映画業界に失望した彼は会社を退職してCCOという会社を立ち上げ、自分が監督となってオリジナルの映画を作っている。見応えのあるシナリオにド派手で確かなアクションが人気となり、作品が発表されればテレビで取り上げられる程になった。


「…なんで奴のアドレスを知っている?」


『向こうが勝手に送って来るんです。一時期、頻繁にアドレスを変えていた時期があったでしょう』


「……ああ、あの時期か。今も送って来ているとなると、向こうに入れと勧誘されてるのか?」


『知り合ってからずっとですよ。断ってるのに未だに誘って来るんですもん。一さんはありました?』


「………俺も未だに誘われている」


『あの諦めの悪さはなんですかね。…まあ、なんでかはなんとなく分かるんですが』


素人・新参者を潰せと、大手からかなり圧力をかけられてもめげずに短編映画を作って映像投稿サイトに投稿し続け、そこからファンを獲得していって今に至っている志々雄。己が確かな実力を持っている事を自覚していて諦めずに機会を伺うのが抜群に上手い彼なので、目を付けた者へのモーションは何がなんでも忘れない。


(…こっそり見に行くと確かに面白いんだよなぁ。そして、何故か見に行ったって事を知られるんだよね。尾行とか盗撮でもされてるのかな、うちと一さん)


「…オイ」


『なんです?』


耳に顔を近付けて来たので意識を向けると、夕利にしか聞こえないようは音量と掠れ声で囁いて来た。


「今は良いが、家に着いたら俺以外の男を語るその口、塞ぐからな」


『っ!……はい…』


「フン」


耳が妊娠しそうな低い声で囁かれ、顔が一瞬で赤くなった夕利は俯いて顔を隠す。そうさせた張本人は、駅に着くまで赤い耳を眺めていた。




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