□漆拾玖話「収集」
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夕利に振られて落ち込んでいる、と勝手に思い込んでいる情報部の面々は話し掛けたりお茶を出したりして蒼紫を慰めていた。蒼紫は別に、夕利に振られた(?)衝撃が大き過ぎたからずっと黙っている、と言う訳ではなかった。

ただ、驚いただけなのだ。

放って置いて欲しいのに、女性に慣れてないのを知っている癖にさりげなく触ってくるので辛かった。


「お菓子はいる?」


「…結構です」


「そう、なら食べちゃお」


(……自分が食べたかっただけじゃないか)


お菓子を食べる女郎花を横目で見てお茶を啜る。周りがじっとその様子を見つめているが気にしない様に努めた。


(…ちゃんとした理由であれば良いのか)


ふとそう思った蒼紫は湯飲みから口を離して考えた。ちゃんとした理由とはどんなものか分からないが、もしそれがあれば夕利について知る事が出来る。あの時、空を通して見ていたのは何なのかが少しだけ分かるようになる。

竜二があんな事を言ったので恐らく、夕利は自分と同じく特殊な家の出だ。自分の持てる知識で予想を付けようとしている蒼紫を見た彼女はこう言った。


「妾らに頼み事かえ?」


色っぽい声が聞こえた。顔を上げれば濃紫の着物を阿那(あだ)っぽく着た玉藻がこちらに近付いていた。透かさず女性達は端に寄って彼女の通り道を作る。玉藻が蒼紫の前に立つと、蒼紫の脇にいた女郎花は恭しく頭を下げて女性達と同じように端に寄った。

なんだか獣に捧げる生け贄の様な気分になった蒼紫は軽く身を竦めると玉藻は笑った。


「そう怯えずとも良い。そちは御庭番衆の中でも特別じゃからな」


「…特別…?」


「…直ぐに理解出来んとは、確かに覚悟が足りないのぅ」


確かに、と言う事は誰かが蒼紫をそう言ったのだろう。予想は付いている。
言われて数秒後、何に対する覚悟が足りないのかも分かった。


「いきなり言われたので反応が遅れただけです」


「常に自覚しておったらいきなり言われても理解出来るわ。…まあ今は良い。妾に何を訊きたい?」


片膝を付き、手を伸ばして蒼紫の頬に触れる。玉藻にそっと頬を撫でられて、蒼紫はここにいる女性達とは違うモノを感じた。

目の前の女が纏う雰囲気は女郎花が纏っているものと似てはいるものの、こっちの方が何十何百、いや何千も質が悪い気がする。体に、見えない何かがズルズルと絡み付いて来る。心臓は早く脈を打ち、呼吸が気付かぬ内に荒くなる。


「…やはりそちには少々早かったか」


ふぅ…と玉藻が息を吐くと何かが引いて行った。引いたが脈はまだ早い。


「…い、今何を…」


「纏う気を変化させただけじゃ」


さらりと答えた。玉藻が纏う甘い香の匂いが蒼紫の鼻を通り、じわりじわりと体内を侵食して行った。
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