流加伊演義

□第三節「連れ」
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東京とは明らかに違う、冷たくて澄んだ空気で満たされている北海道の早朝。永倉と安慈に一言言って、夕利は予め斎藤と打ち合わせした署で電信を打っていた。内容は勿論、永倉と安慈と共に函館に向かっているというものだ。少しして斎藤から返事が来て、文を読んだ夕利は片眉を上げた。


(…瀬田さんが、毎年通っている茶屋に向かっているようだからついでに回収しろ?)


てっきり、樺戸の被害状況と現状が打ってあるだけだと思っていた。溜め息を付いた後、可能であればと簡潔に返信した。
署の警官に礼を言い、二人の所に戻ると新たな用事を伝える。永倉が、瀬田宗次郎について聞いて来たので歩きながら簡単に答えると永倉は眉間に皺を寄せた。


「オイオイ、大丈夫なのかよ」


『うーん、瀬田さんはちょっと読めない所がありますが、私か悠久山さんが説得すれば、可能性はなくはないですね。状況を見て、瀬田さんの説得を任せるかもしれないけど良いですか悠久山さん』


「ああ、構わない」


『ではその時お願いします』


安慈に了解を貰えると、夕利は脳内で宗次郎を勧誘する文句を考える。にこにこ笑って人が良さそうに見える宗次郎だが、志々雄が信頼を寄せていただけあって警戒心が強い。世の中の為、という言葉では絶対頷いてくれないのでどうしたものかと考えていると永倉が口を開く。


「夕利、俺が良しと言うまでそいつの前で俺の名前を出すな」


『そう言うと思ってました。名無しのごんべえと呼ばせて下さいね』


「…えー、名無しにするぐらいなら“ガムシン”にしてくれ」


『もし瀬田さんが、ガムシンの由来を知ってたら直ぐにバレてしまいますから名無しくらいで良いと思いますよ(…ま、情報によれば瀬田さんはそういう知識に疎いらしいけど)。
そういう事なので悠久山さんも杉村さんを名無しと呼んで下さいね』


「…ああ」


「へーへー、わかりましたよーだ」


ふて腐れたように歩調をゆっくりにする永倉。早く函館に着きたいのに子供じみた事をする永倉を見て、夕利は歩調を早くする。安慈も夕利に習って早くするので、永倉は慌てて二人を追ったのだった。

小さな町で買った昼食を道中で食べ、宗次郎が向かっていると思われる茶屋を目指す。気を薄く伸ばして気配を探ると、徒歩15分辺りの所に瀬田の気配はいた。対する夕利達は、10分といった所だ。夕利は前を向いたまま話す。


『(今より早く歩くかもしれないから、ちょっと急ぐか)
ホシも、例の場所を目指しているのか徒歩約15分辺りの所にいます。なので……』


「ん?何かあったのか?」


三人の視線の先に地面に蹲っている者と、それに付き添い、必死に声をかけている少年がいた。不幸にも、周りには夕利達しかない。夕利は内心溜め息を付くと少年に近付く。


『どうしました?』


「……か、母さんが、急に体調を崩して……」


「…少し休んだら治りますので、お気になさらず進んで下さい…」


男物を着ているが女性のようだ。確かに、女性と少年という組み合わせで北海道の道を歩くのは危険だ。夕利は瞬時に脳内で地図を開き、町に戻る距離と進んだ先にある町の距離を比べる。幸い、進んだ先にある町の方が僅かだが近いし、治安も悪くない。女性の顔を見せて貰うと顔色は悪く、呼吸も荒い。演技ではなさそうだ。


『(本当だったら永倉さんに彼女を背負って貰って町に行って貰いたいけど、うちの方が町のまだ安全な場所を知ってる。…仕方ない、うちが行くか)

お二方、この道を真っ直ぐ行くと「茶屋あり」と書かれた看板があり、それに習って行くと目的地があります。私が二人を町に連れて行くので先に行ってて下さい。もし私が間に合わなかったら和尚さん、彼の説得を頼みます』


「…承った」


『奥さん、行きますよ』


「えっあの」


女性を背負い、少年に目配せすると走り出す。少年は慌てて夕利達を追いかけた。


「あのっ本当に、大丈夫ですって…!」


『息子さんに食料や水を優先して、あなた自身はあまり飲み食いしてませんね?体調を崩したのはその状態で長時間歩いているからです。それと、喋ると舌を噛みますよ』


視線を向けると、女性は漸く夕利の性別が分かったようだった。小声でありがとうございますと言われる。夕利は少年を気にしながら次の町へと向かった。
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