流加伊演義

□第五節「顔合わせ・上」
1ページ/7ページ

碧血碑で合流した翌朝、軽い朝食を取りながら凍座白也との戦闘の様子を聞いた。制服に着替えようとすると斎藤に、サラシをきつめに巻いて置くよう言われた。理由を聞けば、現在五稜郭を仕切っている隊長代理が“典型的”だからだそうだ。面倒事は予め回避して置きたいので、夕利は素直に従った。


『向こうに着くまで時間があるので、主観ですけど劍客兵器を探って感じた事を話して良いですか?』


斎藤と永倉と共に馬車に乗り込み、五稜郭を目指す道中で夕利は切り出す。隣に座る斎藤は、話せと短く答えた。


『劍客兵器の体を探って最初に思ったのは、ほとんどの人が筋肉を内側までまんべんなく鍛えているという事です。人間、意識していないと内側の筋肉に目を向けませんから』


「内側ってどの辺りだ?」


永倉が腕を曲げて力こぶを作って見せた。


『それだと外側ですね。…言葉で表現すると血管に近い筋肉、でしょうか』


「血管、か…」


何か引っ掛かったのか、斎藤は眉間に皺を寄せながら煙草を取り出す。夕利は慣れた手つきで預かっていたマッチで火を付けた。


『凍座さんが三回目の牙突をまともに受けた時、衝圧を感じたと言いましたでしょう?あそこまで鍛えていたら、内側の筋肉を自在に動かせるかと』


「…鍛えてなかったのは何人だ?」


『探れた九人の内、一人だけです。樺戸四人は零。函館五人の内、一人。だからほとんどが謎の衝圧を放てるでしょうし、恐らくですが、勧誘を受けて外から入って来た人は出来ないままだと思います。筋肉が違い過ぎますから、幼い頃から鍛練しないと無理でしょう』


「成る程な」


「…衝圧を回避するには、受けずに流すしかないか」


煙草の灰が大分長くなって来たので、夕利は携帯用の簡易灰皿を出す。それを見た斎藤は無言で灰皿に灰を落とす。慣れた様子の二人を見た永倉は、夕利が家庭に入るのは大分先だと思った。


『先に伝えた通り、あくまで私の主観なので頭の片隅に置いといて下さい』


「ああ」


『さて、そろそろ着きますね』


窓を覗けば、見慣れた通りが見える。五稜郭の為に整備された通りだ。行者がそろそろ到着しますと声をかけた。少しして馬車はゆっくり速度を落として停車する。夕利は警帽を被り直すと先に扉を開けて外に出た。









「おっ、御一行が到着したな」


函館山山頂を陣取る劍客兵器の一人、権宮(ゴングウ)は、望遠鏡で馬車が五稜郭門前に到着したのを確認した。


「さーてと、噂の瀧波夕利はっと」


「華阿修羅か」


「そりゃ男ばっか見てたら美人を拝みたくなるだろ?」


不敵に笑う権宮は望遠鏡を覗き直した。ちょうど馬車が五稜郭内に入り、三人立っているのが見える。一人は制服姿の斎藤一。隣の笠を被った男が恐らく永倉新八だろう。もう一人の警官が、目当ての瀧波夕利と見られる。いくら制服姿とは言え、骨格や体付きが女のものだからだ。偶然振り向かないだろうか。そんな事を思いながら観察していると、夕利が振り向いた。


「おっ」


レンズいっぱいに日本人らしい中性的な美貌が映る。短髪の女はまだ珍しいけれど、良く似合っている。眼福眼福と内心拝んでいると、夕利の口が動いた。読唇術を会得していたので、短くて分かりやすかった。

ご苦労様です

と夕利は確かに言った。良く見ると視線はしっかりとこちらを見ている。思わず望遠鏡から顔を離して遠くの五稜郭を見ると、土居にどうしたと聞かれた。答えずに再び覗き込むと夕利は既に背を向けて歩いていた。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ