流加伊演義

□第四節「碧血碑」
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『斎藤さん、劍客兵器は山頂を陣取ってるんですよね?』


「ああ」


『分かりました。お三方すみません、直ぐに追い付くので先に行ってて下さい』


「…この阿呆が。永倉さん、先に行っててくれ」


「ン。緋村、悪いがここでお別れだ。お前は先に嫁さんのいる宿に帰ってな」


「?…ああ」


流石、新撰組の組長を務めていた斎藤と永倉。夕利が何をしようとしているのか瞬時に察したようだ。不思議そうに三人を見た剣心は一人で山を降りて行く。足音が大分遠退くと夕利は目を閉じて“彼”に話し掛ける。


(…――、行くよ)


【いつでもいいぜ、夕利】


ニヤリと笑って見せた彼が真剣な表情になり、自分と夕利を地に繋げるのを感じる。斎藤と永倉が見守る中で夕利は気を高め、開放させると山頂に向かって索敵を始める。

剣気とは違うものが膨れ上がっているのを感じ、足を止めた剣心は振り返る。その瞬間に目に見えない何かが広がるように山頂を目指して行く。直接飲まれた訳ではない剣心だが、冷や汗が止まらなかった。


(…なんだ、この寒気は…察するに、夕利殿だろうが…)


縁から薫を取り戻す為に上陸した無人島での闘い。夕利が黄龍との闘いで一時的に華阿修羅に戻った際、似たような寒気を放っていた。けれど今のは、それとは比べ物にならない程の得体のしれなさを感じる。一度戻ろうと考えたが、恐らく斎藤と永倉がそれを望まない。可能性は低いが明日、夕利と話してみようと決めた剣心は山を下った。


『…フゥ…函館山を占領する劍客兵器と見られる四人の気配を確認。見張り台みたいなものが出来上がってますね。うちが函館にいる間、大きく動いた時は分かります』


「そうか。ったく、ロクに休んでいないのに索敵をやりやがって」


「夕利、その索敵ってなんだ?」


『うちの気を飛ばして探るだけですよ』


「…そうか」


「一先ず、宿に戻ろう。俺が泊まってる宿に永倉さんの部屋を用意した。お前は俺と同室だ」


「湯の川温泉か…昔入ったきりだな!」


「明日になったら五稜郭に泊まり通しだ。今夜の内に旅の疲れを癒してくれ」


その後斎藤の案内で宿に着く。浴衣に着替えると夕食を軽めにして貰い、食べ終わると温泉に入る事にする。永倉が斎藤と一緒に行くと言うので、夕利は永倉に任せた。


『ハァ…』


旅で汚れた頭と体を念入りに洗い、温泉に浸かる。手足を伸ばせば、疲れが湯に溶けていくよう。伸び伸びと湯に浸かれるのは、夕利の髪が短い事に何かを察した周りが、遠巻きに夕利を見ているからだ。


(一さんは…永倉さんに洗われてるみたいだな)


耳を澄ますと、油断してると下っ腹が出るから気を付けろよ等と永倉に言われている。斎藤は意外にも末っ子だ。年上でいざという時、頼りにしている永倉が相手なので、いつもより大分気を抜いているようだ。微笑ましく思った夕利は、もう少し湯に浸かる事にした。


「もう直ぐ湯上がり美人が出て来るな」


先に着替え終わった斎藤と永倉は入り口付近で夕利が来るのを待った。永倉がからかうように言えば、斎藤は素っ気なく返す。


「別に、普通だ」


「そう言う割には、俺とかが絡みに行くとすーぐ間に入るよな?」


「…念には念を入れてだ」


「ま、相手は副長を惚れさせた美人だから警戒するか」


「!……気付いていたのか」


「男女関係なく総司にしか懐くのを許してなかったのに許してたら察するだろ。それに、夕利に向ける目が、妹に向けるものにしちゃあちょいと情を込め過ぎてたからな」


「………」


周り(新撰組)を良く見ていると自負していた斎藤だったが、土方が夕利に惚れていたと知ったのは土方自らの告白によってだ。土方は永倉に伝えないだろうから、本当に察したのだろう。相も変わらず油断ならないと思っていると耳打ちされる。


「個人で酒を頼むが、お前にツケとく」


「は?自腹で払ってくれ」


「いいのか?俺は酒をそれなりに飲めば直ぐ寝るのに」


「……そういう事か。わかった、俺にツケていい」


「よっしゃ!」


「ハァ…」


そんなこんなで話していると夕利が女湯の暖簾を潜って出て来た。


『すみません、お待たせしました』


「いーっていーって。お前抜きじゃないと話せない事を話せたし、こうして湯上がり美人を拝めたし」


『はいはい。それじゃあ行きましょうか』


華麗に永倉の軽口を流す夕利。斎藤が辺りを見渡すと、周りは老若男女問わずに夕利に見惚れていたようだ。内心溜め息を付くと夕利の腰に腕を回して歩を進めた。


『お休みなさい』


「ああ。斎藤、朝に響かないようにしろよ」


「そのつもりだ」


『!!』


思わず肩が跳ねると、じゃあおやすみ〜と呑気に言う永倉は部屋に入った。斎藤に腰を押されて夕利達も泊まる部屋に入り、扉が閉まると夕利の背後で鍵をかける音が響いた。


「夕利…」


後ろから片手で抱き締められ、耳元で囁かれる。逃げられないし、斎藤が欲しかった夕利は腹に回された斎藤の手に触れた。


『…もう、しょうがない人ですね』



第四節 完
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