流加伊演義
□第二節「合流」
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何が起きるか分からない状況なので、夕利は周囲の気配を探りながら馬車を走らせる。
(…まさか、こんな事になるなんて…)
俯く夕利は、早朝に斎藤から送られて来た電信を軽く握り締めた。
電信の内容は、夜明けと同時に函館山山頂へ突入して山頂を占拠していた劍客兵器と名乗る五人と戦闘し、その一人である異號・凍座白也を捕縛した代わりに斎藤が左腕を負傷した事、山頂は占拠されたままで彼らの目的が猛者を求めている事等が書かれている。
内容を思い返して怒りが湧きつつあったが、理性で押さえ付けた。
(…この様子だと、樺戸にも劍客兵器とやらが潜んでいる可能性がある。永倉さん達を連れて出るとしたら夜だな)
考え込んでいる内に目的地である樺戸集治監に到着する。警帽を目元が隠れる程深く被った夕利は行者に一言言って馬車を下り、玄関で待っていたちょび髭の看守に連れられて応接室に着いた。看守が扉をノックして中に入ると夕利より一回り大きい影が襲いかかって来た。
「久しぶりだな夕利――…って、なんで避けんだよ」
『…一応警視庁から来ているので、いきなり威厳がなくなる事は避けたいんですよ杉村さん』
大の男からの抱擁を、側の看守を身代わりにして防いだ夕利は溜め息混じりに答えた。看守を離した杉村義衛…永倉新八は首を傾げた。
「お前、そういうの気にする奴だっけ?」
『いきなり馴れ馴れしくされるのは嫌ですから』
「ははっ。そう言えば、必要以上に他人と馴れ合うは避けてたっけな」
『…こほん、では中に入りますね』
場になんとも言えない変な空気が漂っているのは肌で感じる。後ろ手に扉を閉めた夕利は警帽を取って顔を見せた。
『初めまして。警視庁特務担当の瀧波夕利と申します。本日は先に電信でお伝えした通り、杉村さんと共に“明王”の護送をさせて頂きます』
「…あ、ああ。あなたの事は杉村先生から伺っていましたが…まさか女性だったとは」
『…杉村さん、なんて話したんです?』
「ん?幕末からの知り合いで、俺と引けを取らないほど腕の立つ剣客だと言ったな」
『(相変わらず大雑把だな)
予定では、今夜に護送するつもりです。それで一つ頼みなんですがここ樺戸集治監と、月形村周辺を描いた最新の地図を見せて貰っても良いですか?現在も函館山山頂を占拠している一派が、この月形村に潜んでいる可能性があるので』
「は、はい。こちらになります」
準備していたのか、白髭の看守が地図を取り出す。感心していると永倉が近付いて来て、俺が用意させたんだと耳打ちした。礼を言えば、お前なら最初に最新の地図を見せろと言うと思っていたと言われた。
テーブルに地図を二つ広げ、瞬時に図を覚える。今向いている方向を看守に確認して照らし合わせると、夕利は小声で永倉に言った。
『永倉さん、図を覚えるのに集中するので話しかけないで下さいね』
「ああ」
永倉が少し離れると夕利は目を閉じる。すると直ぐ様“彼”が話しかけて来た。
【夕利、どこを中心に探るんだ?】
(町が中心だけど、周囲の山も探りたい。やれるね、――)
【ああ。愛しのお前が望むままに、夕利】
夕利は“彼”が、ニヤリと笑って見せたのを感じた。