京極
□穏やかな寒気
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ほの暗い世界の底は、痛くて怖いものはなく。
生温くて緩やかで、とても寂しい場所だった。
私はそこで死ぬことを望ながら、だらだらといい加減に生きていた。
死んだふりをして生きているのか、生きているふりをして死んでいるのか。
私にも分からないような、曖昧で境界の不確かなどろりとした世界。
ああ、とても心地がいい。
羊水に浮かんでいるようだ。
ふわふわ。
──ゆらゆら…
「漸く帰って来たのかい」
視界いっぱいに京極堂がいた。
驚いて、目を見開く。
「二度も負ぶわせるなんて下僕の身に余るッ!!」
ぐらぐらと揺すぶられて、榎木津の背の上に居ると気づいた。
「ひひゃっ」
「うぅん。やっぱり君はいい」
「関口君を落としても僕は拾わないよ、榎さん。君も精々しっかりしがみつき賜え」
春の夕闇は風が吹き、少し寒い。
「ああ、ほら。もうだらしなくずり落ちてきているじゃないか」
「小猿時代を思い出すのだ!」
でも、罵倒され笑われ、眩しいほどに明るい世界は。
とても、優しかった。
了.