おお振り

□バレンタイン
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「三橋、今日はバレンタインだな」


 午後練習が終わり皆ユニフォームから着替える部室で、早々に着替えを終えた阿部がうさん臭い笑みを浮かべ丁度アンダーに手をかけた三橋に話かける。

 今日はバレンタインデー。


 せめてマネージャーから義理チョコくらい貰えるだろうと思って居たが、篠岡がインフルエンザで休みのためそれもなく、今年は母親からのチョコだけか…と沈んで居る部員も少くない部室で突如切り出された話に、三橋はきょとんとする。


「あ…う、ん。オ、オレ…お母さん…にしか…貰え、なかった…」


 三橋の言葉に阿部は当然だろうなというようにニヤリと笑う。


 三橋自身が思う以上に三橋は女子から人気が有る。
 母性本能をくすぐられるタイプだし、桐青戦の活躍も有って、本命とは行かなくても義理チョコを渡そうとする女子は沢山居た。
 だがその悉くを阿部は邪魔し、三橋に女子を近付かせなかったのだ。
 偶然を装ってチョコの箱を落としてチョコを割ったり、休み時間の度三橋に張り付いて威圧感を発して周囲の女子を威嚇したりしていた。



 三橋は気付いて居なかっただけで、泉や浜田はその異様な光景に今日は三橋から離れて居ようと誓った。


 阿部が怖いから。


 だがそれも、三橋から近寄って来てしまい叶わず、休み時間の度阿部のキモい威圧感に晒され続けた。


 よって、浜田、泉にチョコを渡そうとした女子も近付けず(女子がチョコを持って近付くと三橋宛だと誤解した阿部が睨むため)母親以外からのチョコの収穫はゼロだ。


 今まで休み時間の度に会って居たが、あえて触れなかったバレンタインの話題に触れたのは、今部室には男しか居ないからだ。


 というのも、バレンタインの話題を聞いた女子がそのタイミングでチョコを渡すのを阻止するためだ。


 事実、休み時間三橋の許へ行きバレンタインの話題を口にしかけた水谷は阿部に首を鷲掴みにされた。
 慌てて止めて浜田のおかげで事なきを得、花井にクラスに連れて帰られたが。


 その光景を見て泉は空気が読めて良かったとリアルに思った。


 田島は休み時間の度義理チョコ集めに専念し、各教室を回り終えると、花井の分のチョコを横取りしようと花井にくっついていた。


 浜田、泉が教室で待ちの姿勢に入って居るのに対し、田島は自ら回収に行った。
 それは田島のキャラだから出来ることであり、泉達には躊われることだが、阿部のことを考えると、どうやら田島と一緒に回っていた方が正解だったらしい。


 浜田と泉は田島が大量のチョコを貰って教室に戻って来る度にそう思ったが、阿部の異様な威圧感に怯えた三橋を見捨てられず、結局三橋と一緒に居た。


「阿部…くん…は…?」


 三橋がアンダーシャツを脱ぎ、ロッカーに入れながら問い掛ける。
 その言葉に待ってましたとばかりに阿部がほくそ笑み、その明らかに企んで居る顔を見て、三橋と空気の読めない水谷以外は嫌な予感を感じた。


「オレも親に貰っただけだ。今んとこはな」
「今んとこって…誰かから貰う予定でも有るのか?」


 阿部の言葉に何か危険を感じ、花井が問い掛ける。


「あぁ、三橋から貰う予定だ」


 花井の問い掛けに阿部は当然だというように答える。


「え…?あ……オ、オレ…女の子…じゃ、ない…よ…?」
「別に女子から貰ってもウゼーだけだし、三橋から貰えれば良い。ほら…」


 阿部はしれっと言うと三橋にチョコを要求するように手を差し出す。
 三橋はどうしたら良いか解らずキョドって忙しなく辺りを見回すが、やがて怯えながらも阿部に視線を向け、


「オ、オレ…チョコ…持って、ない……」


とビクビクしながら告げる。
 バレンタインに阿部にチョコをあげるなんて考えて居なかったが、あげないせいで嫌われるかもしれない。
 そう考えて居るのか、三橋は泣きそうに瞳を潤ませて居る。


 だが、阿部はそれさえも計算尽くだった。
 こういう時の三橋は阿部に対して逆らえない。


「そうか…じゃあオレがお前にやる」
「あ…あり……がと…?」


 よく分からないながらも礼を言う三橋の言葉を聞きながら阿部は鞄に手を入れ、用意した物を探す。


「阿部三橋に渡すチョコ用意してあんのか?」
「女同士が交換すんのとかは有りだろうけど、男同士はないだろ」


 阿部は何故かフォンデュ用にしてはデカい鍋を取り出すと横に置き、続いてチョコを探し始める。
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