おお振り

□時の流れ
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 桐青高校、放課後の図書室。
 受験を控えた慎吾は受験勉強に励み、机の上のノートにペンを走らせる。


 いつも共に勉強しているはずの和己は今日は居ない。
 何でも一緒に解こうと約束して居た数学の教科書を家に忘れたらしい。他の教科をやっても良かったが、どうしても終わらせなくてはいけない課題が有るらしく、今日はパスとのことだ。
 それ故に、慎吾は話す事無く集中して受験勉強に取り組んで居る。


 慎吾は教科書に落として居た視線を、ふと上げると窓の外を見る。


 時間は六時過ぎ。
 既に冬と言って良い季節故に、空には夜の帳が落ちて居て十六夜の月が見える。


「今日はここまでか」


 慎吾は小さく溜め息を吐くと、机上に広げた筆記用具を鞄にしまい始める。
 思ったより長居してしまったようだ。
 急いで図書室を出て下駄箱に向かい靴を履き替え帰路に着く。


 途中通り掛かった野球部のグラウンドは、夜間でも練習出来るよう照明で照らされて居る。
 その中に久しく見て居ない恋人の姿を見付け、たまには一緒に帰るかと慎吾は足を止めた。


「準太」


 声を掛けると投球練習をしていた準太が振り返り、最近受験を理由にあまり会う機会が無くなった恋人の姿を見付け僅かに驚いたように見開かれる。


「慎吾さん、こんな時間までどうしたんスか?」
「受験勉強。そろそろやんねぇといけねぇし」
「そういや和さんも受験勉強してるみたいっスね…慎吾さんもやってたんだ…」


 準太が額の汗を袖で拭い、慎吾とグラウンドとを隔てるフェンスに近付きながら言うと、慎吾はあまりの言い様に不服そうに眉を寄せる。


「準太、お前オレが先輩で受験生だってこと解ってるか?」


 慎吾は、ガシャン、と音を立ててフェンスに手をかけると、小さく溜め息を吐きながら問い掛ける。


「解ってますよ……」
「なら――」
「集合しろ!もう上がるぞ」


 二人の会話を遮るように部活の終了を告げる監督の声がし、二人は反射的に監督の入るベンチに視線を向けた。
 準太は一度慎吾に視線を戻すと

「オレ…着替えとか有るんで」

と良い踵を返しベンチに向かう。


「準太、着替え終わるまで待ってる…っつーか部室行くわ」
「っ……そっスか…」


 準太は慎吾の言葉に振り返り、複雑そうに瞳を揺らし素っ気なく言うと、背を向け歩き出す。


「………準太…?」


 準太の素っ気ない態度に慎吾は訝しげに眉を寄せ、遠ざかる準太の背中を見送った。





†―†―†





 シャワー室内に湯気が立ち込め、お湯がタイルを叩く音が聴覚に満ちる。
 シャワーヘッドから吐き出されるお湯が、野球部員としては長めと言える漆黒の髪を、鍛えられた身体を、流れ落ちる。

 準太は部活後シャワー室で汗を流して居る。
瞳を瞑り、思考する。


 何故慎吾は今自分の前に現れて心を乱すのか。
 慎吾と会えなくなって自分の投球が乱れたことを知って居るのか。
 やっと慎吾が居ない日々に、部活に慣れたのに、何故今になって。
 慎吾は一体何を考えて居るのか。
 まだ自分のことを好きで居てくれて居るのか。

 そんなことを取り留めなく考えて居た準太は、自分以外が既にシャワー室を出て居る事に気付いて居なかったが、幸い今日の鍵当番は準太だ。
 それ故に鍵当番を待たせて怒られる事もなければ、まだ残って居る事に気付かれず閉じ込められることもない。


 たった一人、水音に満たされたシャワー室内で黙考し続ける。


「準太?まだか?」
「っあ…慎吾さん…」


 いきなり慎吾にシャワー室の仕切りのドアを開けられ、準太は驚いて慎吾を見つめる。


「シャワー長ぇよ。皆帰ったぞ?」
「あ…すんません…もう出ます…」


 慎吾は、そう言いながら腰にタオルを巻き自分の脇をすり抜けようとする準太の腕を掴むと、そのまま引き寄せ抱き締める。


「っ…慎吾さん…濡れますよ…?」
「準太、何かオレに言いたいこと有るだろ?」
「別に…何もないっスよ、放してください」


 慎吾と瞳を合わせることなく素っ気なく答え、逃れようとする準太に慎吾は眉を寄せる。


「何もなくないだろ…最近会えなかったからか?」
「別に…慎吾さんに会えなくても平気です…」
「お前、そういう言い方…っ…!」


 慎吾は準太の言い方に寂しさを感じ、文句を言おうとしたが、準太の瞳から涙が零れるのに気付き言葉を失った。
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