バトテニ

□尊敬と恋情
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 硝煙の匂いが風に浚われる。
 目の前に横たわるのは日吉。
 座右の銘でも有る下剋上という言葉通り、その強い意思を宿した瞳は虚ろで、いつも生意気な事ばかり言う口からは鮮血が流れていた。


✝尊敬と恋情✝


 ここに来てから何度も見た赤。
「宍戸さん、怪我は有りませんか?」
 長太郎が周囲に気を配りながら聞いてくる。
 怪我なんてする訳ないだろう。
 お前が守ってくれてるんだから。
「ねえよ」
 もとは日吉だった物を見下ろしながら答える。
 最初は合宿に行くはずだった。
 だが気付いたら無人島に連れて来られていて、いや、民家も有ったし民家に残っていた食料も新しいものだったから無人島ではなく、住人を追いだして使用しているのかもしれないが、それはこの際大した問題ではない。
 とにかくこの島に連れて来られていて、一人になるまで殺し合えって言われた。
 最後に残った一人だけが家に帰れる。
 日常に帰れると。
 馬鹿げた話だが、そう言って渡された鞄の中には銃が入っていた。
 モデルガンでもなければ、玩具でもない、引き金を引くだけでいとも容易く命を奪う事が出来る、本物の銃が。
 正レギュラーと準レギュラー、合わせて十三人の中から生きて帰れるのは一人だけ。
 冗談みたいな雰囲気の中から、それでも本気だと知った俺たちは、今こうやって殺し合いをしてる。
 こんな状況じゃ、仲間だ友達だなんて言ってられねえ。
 そんな友情や感傷に浸ってたら死ぬのは自分の方だ。
 誰も信用なんて出来ねえ。
 なのに長太郎は俺を守っている。
 何度も他の奴らに会ったが、俺は一度も手を汚していない。
 全部長太郎が殺した。
 樺地も、滝も、向日も、跡部も、ジローも、日吉も。
 支給された鞄の中に入っていたプロジェクト90で。
 長太郎の武器だったマシンガンは当たりの武器だった。
 他の奴らの武器はナイフやら鉄パイプやら、銃を持っている奴もいたけど、結局マシンガンの連射からは逃れられずハチの巣になって倒れた。
 最初はリアルに感じた仲間だった奴らの死も、なんだかもう現実感がない。
 自分で殺した訳じゃないからかもしれねえけど。
 俺は視線を長太郎に移す。
 長太郎はマシンガンをリボルバーに持ち替えている。
「長太郎、お前、最初なんて言ったか覚えてるか?」
「……はい」
 最初っていうのが何の最初かなんて言わなくても伝わったらしい。
 長太郎は神妙な顔で俺を見つめながら頷く。
「こういう状況ですし、自分を守って生き残ろうとするのが普通だと思います。けど、俺は尊敬する宍戸さんを殺せません。俺が死んでも、宍戸さんには死んで欲しくないんです。宍戸さんは俺が守ります。他の先輩たちを殺してでも、宍戸さんが生き残れるよう、宍戸さんを守って、それで最後に俺が死にます。だから俺だけは信用して下さい」
 最初、この殺人ゲームが始まって、最初に会った時と同じことを、長太郎が繰り返す。
「信用してくれて、有り難うございました」
 確かに俺は俺を守るお前の後ろから撃つような真似はしなかったし、これからもするつもりはない。
 信用している。
 だけど、なんで、有り難うございました、なんだ?
 有り難うございますだろ?
 何で過去形にしてるんだ?
 なあ、ところで、長太郎。
 今残ってんのって誰だっけ?
「もう、残ってるのは俺たちだけですね」
 声に出してもいない質問に長太郎は答えるように言う。
「さよなら、宍戸さん」
「待っ……」
 制止する前に、パンと短い破裂音。
 ドサリと音を立てて地面に倒れこんだ長太郎のこめかみからは血と脳漿が流れ出ている。
 こめかみには火傷の跡。
 銃口をこめかみに押しあてて撃つと火傷の跡が残るというあれだ。
 自分で銃口を自分のこめかみに押しあて、引き金を引いた証。
 地面に投げ出された長太郎の右手には、リボルバー。
 馬鹿だぜ、長太郎。
 俺は長太郎の手からリボルバーを取り上げる。
「なあ、長太郎。お前さ、俺のこと尊敬してるって言ってただろ?」
 そのまま自分のこめかみに押しあてる。
 先程長太郎がそうしたように。
「お前さ、それ尊敬じゃねえよ」
 引き金に指を掛ける。
 お前に守ってもらえて嬉しかったぜ?
 でも、だからこそ、お前が死んだ世界になんて用はねえ。
「尊敬じゃなくて、愛だろ。そんなことにも気付かないなんて激ダサだぜ」
 俺が長太郎より先に死のうと思ってたのに、止める間も無かったせいで教えてやれなかった。
 今から、お前にそれを教えてやるよ。
 俺は長太郎を見ながら微笑むと引き金を引いた。





end 

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