テニプリ

□相応しい相手
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 忍足侑士。
 奴は部員数二百名以上の氷帝学園男子テニス部に於いて、八人しか選ばれない正レギュラーの中でも、『天才』と称するに相応しい男だ。
 冷静で敵に手の内を読ませることはなく、ゲームメイクというものを知っている。
 オールラウンダーでシングルスプレイヤーとしても高い能力を持っているが、その冷静さ、ゲームメイクの巧さはダブルスでも遺憾なく発揮される。
 その多彩な技から、千の技を持つ男との異名を持つ。
 まさに万能型の選手だ。
 それに加え、無駄な肉の付いていない鍛えられた身体、切れ長の瞳、通った鼻筋、形のよい唇、一般的に容姿端麗と分類されるだろう。
 器械体操は苦手らしいが、それ以外苦手というような教科は無いらしく、俺様には及ばねぇが、成績優秀。
 テニスの才能だけでなく、あらゆる意味で恵まれた奴だ。
 俺と忍足以外にここまで万能な奴はそうそう居ないだろう。


「忍足」
 部活の時間は終わり、殆どの部員が帰る中、ナイター設備も行き届いたコートに佇む忍足を見つけ、上がろうとしていた跡部は樺地に先に行くよう指示してから話しかけた。
「なんや、跡部」
 ラケットを持った右手を見つめ何か考え込んでいた忍足は、跡部の呼びかけに顔を上げると、跡部を振り返って問いかける。
「残って練習か?」
 その跡部の問いは、聞くまでもなく、忍足の顔を見れば判り切ったことだった。
 桃城に負けて以来、クールだったプレイスタイルにも変化が出てきている。
 あまり表面には出さない物の、跡部の眼力にかかればその変化は明らかだった。
 そして今、部活の時間が終わって尚コートを離れずにいるのは、敗北の屈辱と燃え上がる復讐心にも似た闘志が忍足の中に有るからだろう。
「せや。どうしても倒したい奴が居んねん」
 忍足は、せやからまだ練習して行くつもりやと言うとすぐにコートに向き直った。
 暗くなった辺りから切り離されたように、照明で暗闇に浮かび上がったコートには忍足以外立っては居なかったが、忍足はネットの向こう側にはっきりと桃城の姿を見ていた。
 跡部はコートの反対側を見つめて佇む忍足の横顔を見ると、忍足の目線の先が誰も居ないコートではなく、桃城の姿を捕えて居るであろう事に気付き、フン、とつまらなそうに息を漏らした。
「お前、俺様と勝負しねえか?」
「跡部と?ええけど」
  腕を組みながら提案した跡部の言葉に、忍足は跡部に視線を戻しながら了承した。
 頂点を目指し、強くなろうとしている今、格上で有る跡部に挑戦し練習の成果を確認する良い機会だからだ。
 そして、忍足がこの提案を飲むと知って持ちかけていた跡部は忍足の返答を聞くと、満足げに不敵な笑みを浮かべた。
「ただの勝負じゃ面白くねえ、負けた方が何でも言うことを聞くってのはどうだ」
 勿論提案した跡部は負けるつもりはない。
 相手が氷帝の天才と呼ばれ、千の技を持つ男でも、氷帝の王様たる自分が負けるはずがない。
 そう確信しながら忍足の返答を待つ。
「面白そうやん。ええで」
 忍足は跡部の提案にクスッと笑うと、そっちのほうが燃えてええやろなと了承した。

✝―✝―✝―✝―✝ 

「……負けや」
 ラインギリギリにスマッシュを決められ、6−3でゲームセット。
 結局、氷帝テニス部員二百人を統べる王様たる跡部の実力に、氷帝の天才と呼ばれる忍足は及ばなかった。
 ゲームの内容は悪くはなかったものの、結果的に忍足は敗北を喫した。
 無情にも勝敗は決した。
 戯れの練習試合では有るが、今回はただの練習試合という訳ではない。
 敗者が勝者の言うことを聞かなくてはならないという、賭けが行われていた。
 敗者で有る忍足は、賭けのルールに従い跡部のいうことを聞かなくてはならないのだ。
 忍足は、一般常識から外れたところが有る跡部に何を言われるのやらと考え、負けを認めながらも溜息を吐いた。
 他の誰でもなく、跡部のことだ。こちらが予想もしないようなことを要求しかねない。
 岳人が相手だったら罰ゲームとして要求されることも大抵予想出来るため、まだ良いのだが、生憎相手は跡部だ。
 いや、そもそも岳人が相手なら、技術的にも体力的にも忍足が負けることは無いのだが。
「負けたら罰ゲームやったな。なんや跡部のことや、とんでもないこと言いそうな気がするんやけど……あんま難しいんは堪忍や」
 乱れた息を整えながら忍足は右手に持ったラケットを担ぐように肩に当て、跡部に向き直る。
 そんな忍足を見て、跡部は顎に指を当て考える素振りを見せてから不敵に笑い口を開いた。
「仕方ねえからもう一度チャンスをやる」
「チャンス?」
 予想外の言葉に忍足が確認するように跡部の言葉を反芻する。
 跡部が予想も出来ないことを要求して来る物だとは思っていたが、チャンスをくれると言い出す等とは、忍足は露程も思っていなかった。
「そうだ。それで俺様に勝ったら何でも言うこと聞いてやるよ。どうする?乗るか?」
 跡部は腕を組みながらその勝負の内容は口にせずに提案する。
 これで俺様に勝てたら部活中に携帯使うのも見逃してやるしなんだったらお前のためにテニスコート完備の別荘もくれてやるぜ?と不敵な笑みで仄めかしながら忍足に返答を促した。
 忍足は跡部の言葉を聞くと、それは悪ない条件やなとばかりにクスッと笑みを浮かべた。
「ええで?その話乗るわ」 
 このまま負けるよりチャンスが有った方がええに決まっとるやろ、と、忍足は勝負内容も聞かないまま至極当然のように答えた。
「なら決まりだな」
 忍足の返答を聞くと、跡部は自分の提案が受け入れられたことに満足そうに笑った。
 そもそも、提案が受け入れられるという確信を持った上で提案し、返答を促していたのだが。
 いや、それ以前に、跡部が賭けを持ち出したときから試合の勝敗も、提案に対する返答も、全て跡部の意のままに進んでいたのだ。
「来い」
 不敵に笑ったまま忍足に短く告げると、跡部は踵を返しコートを後にする。
「……?」
 忍足は勝負内容を告げられぬまま、跡部の後を追いかけ、コートを出た。

✝―✝―✝―✝−✝

「なんやて?」
 コートを出て跡部が向った先は部室だった。
 レギュラー専用の部室は、氷帝テニス部員二百名の頂点に立つ正レギュラーの更なる能力の向上を補佐するために、三つの部屋に分かれている。
 トレーニングルーム、ミーティングル―ム、ロッカールームの三部屋だ。
その中でも取り分け使用頻度の高いロッカールームに、二人は居た。
 ロッカールームと言ってもロッカーしかない簡素な部屋と言う訳ではなく、過去に得たトロフィーや盾が置かれる棚が有り、壁際に有るデスクにはレギュラー全員分のパソコンが設置されている。ロッカールームでは有るが、そのスペースの大半が中央に有る楕円形のテーブルと、ソファで占められている。
 そのソファも、殆ど跡部専用として扱われている一人掛けソファと、二人並んで座れる二人掛けソファが有るが、珍しく二人掛けソファに座った跡部から勝負内容を聞かされた忍足は、その内容に耳を疑った。
「何動揺してんだ。話に乗るって言ったよな?アーン?」
 跡部の指摘通り、予想外の勝負内容に忍足は動揺していた。
 跡部以外が持ちかけてきたのなら他愛も無いおふざけの延長だと笑い「冗談止めてや。他の勝負にしたらええやん、そういうんは勝負するような事とちゃうやろ」等と言って一蹴出来たのだが、そういう冗談を言いそうにない跡部から持ちかけられた事に唖然とする。
「い、言うたけど、そんなん聞いとらへんかったし」
「勝負内容を聞かずに受けたのはお前だろ?それともこの勝負受けずに負けを認めるか?自信がねえなら、下りても良いぜ?」
 普通それはやらへんやろと勝負内容を変更するように跡部に持ちかけようとするが、そんな忍足の思惑等見越した跡部は、足を組みながらロッカーの前に立ち、ラケットを仕舞う忍足を見る。
 忍足は不敵に笑い挑発して来る跡部を見返した。
 別にここで跡部の提案した勝負を受けずに負けを認めても構わないだろう。
 今提案された内容に比べれば、多少無茶な罰ゲームを持ちかけられても笑って済ませそうだ。
 だが、自信がねえなら勝負を下りても良いという跡部の言葉が聞き捨てならない。
 挑発だと理解していながらも、そこだけは譲れないのだ。
「……ええよ。その勝負、受けたる」
 暫く自尊心と理性との間で葛藤した結果、忍足はそう答えると、不敵に笑みを返した。
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