藍〜story of possible〜
□愛し子よ
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建物の配置上の所為か陽光が照らさないマンションの一室では、その部屋の居住者である少女と同僚の少年の姿があった。
本当ならば、最近出来たばかりの同居人と保護者の女性の姿も在る筈なのだが、両者供に急な任務の為に欠席してしまった。
コトコトと煮立つ鉄製の鍋からは味噌の匂い、真横のコンロで火に掛けられているフライパンからは食欲をそそる香ばしい音が響いている。
「あ、綾波」
「・・・何」
躊躇い気味に出した声に返ってきたのは、何時も以上に冷たい返答だった。
「あ・・・あの」
「用が無いなら後にして、今は集中したいの」
「ご、ごめん」
今日はレイが主催の食事会なのだ。
食事を準備するのは勿論レイであり、今まで栄養補助食品や冷凍食品で食事を済ませていたレイにとって、幾ら練習を繰り返したとは云え緊張してしまうのは仕方ない。
それ故に冷たく返答してしまうのは仕方ない。
――それにしても、二人分にしては少し多いかな?。
自炊しなくてはレトルトか、人類にとって禁忌の破壊兵器を食べさせられる家庭環境の中で鍛え上げた主夫の瞳は、遠目とは云え的確に判別する事が出来た。
少食のレイと十人十色な食欲しかない自分が食べ切るには多すぎる。
まぁ、気になる少女が作ってくれた物を残すなんてシンジには出来ない事だが。
少しでも食欲を増そうと試行錯誤するシンジの姿を横目にしながら、レイは小さく笑みを浮かべた。
頭を抱えている少年は知らないが、この食事会は二人ではなく、シンジの父親であるゲンドウが来るのだ。
決して会話は少ないだろうが、三人でする食事は有意義な時間になるだろう。
この胸に抱くポカポカとした想いを共有しながら他人と会話を交じらせ、温かな食事をする。
きっと、シンジも自分と同じ様にポカポカと心を温める筈だ。
だが、そこで疑問が生まれる。
何故・・・自分は、シンジにポカポカな想いをして欲しいのだ?
「碇君に・・・もっと私を見て欲しいから?」
小さく零れた声がシンジに届く事は無かったが、レイの心にはしっかりと轟いていた。
シンジの視線・・・もっと見て欲しいと願ってしまう。
シンジの微笑み・・・自分だけに向けて欲しいと思ってしまう。
否、シンジの全てを自分だけの物にしてしまいたい。
自覚してしまえば、靄の掛かった想いは簡単に姿を現し、レイの心の中で主張を始める。
どうすれば、シンジの心を自分だけのモノに出来るか?
誰かに奪われない様に足枷を嵌めれば良い。
何時までも、この胸に抱かれて眠りに就く様に。
芽生えた感情は一気にレイの心を支配し、シンジへと魔の手を伸ばす。
「碇君・・・二番目のパイロットとはどうなの?」
「二番目・・・アスカの事?」
チクリと胸を突き刺す痛みが走る。
自分の事は綾波と呼び、アスカの事は名前で呼ぶ。
彼女の優しさから率先して任務に就いたアスカには感謝しているが、この事については別だ。
妬みの感情がレイの心を覆う。
「えぇ」
「アスカは綾波の知っている通りだよ。でも・・・甘えん坊かな」
そう紡ぐとアスカと呼ぶ様になった夜の事をレイへと話した。
眠りに就こうとしていた自分の部屋に入ってきたアスカと交わした会話。
バカと呼ばれながらも、何処か優しげな雰囲気に包まれていた事。
レイの心にはより一層妬みの焔が舞い上がる。
ざらついた猫撫で声が、シンジの耳を舐め上げて自分から奪い去っていく。
自分より数は少ないが似た様な箇所に巻かれていたバンドエイドの所為で、簡単に想像出来てしまう。
彼女も自分と同じ様にシンジを欲しているのだ。
そこに恋愛感情が在るかは不明だ。
しかし、シンジの耳を舐めない様に咽を絞め上げよう。
「それに、些細な事で怒るんだ。まるで構って欲しいって伝える猫みたいにさ」
彼女の事は気にしないで良い・
自分の事だけを見つめて欲しい。
自分の事だけを捕らえていて欲しい。
アスカが爪を立てて、シンジを奪いに来たのなら、この手で撃ち殺してあげる。
だから、抗う事無く、拒絶に恐れる事無く、全てを預けて欲しい。
私だけが貴方を満たし、貴方だけが私を満たしてくれる。
ふと思い出したかの様に冷蔵庫へ手を伸ばしたレイは、袋に詰められたカプセル状の薬を袋から取り出した。
痛み止めの為に処方された赤木印の鎮静剤だ。
無味無臭にも関わらず、この一粒で痛みが消え、睡魔が襲ってくる。
だが、強力なあまりに即効性の副作用もある。
それは強力な媚薬にも似た感情の高ぶりと体の火照りだ。
幼い頃から服用する機会のあったレイには耐性が出来ているが、シンジにはソレが無い。
味見用に準備された小皿へ封を空けたカプセルの中身を撒き、それへ味噌汁を流した。
「碇君、味見して欲しい」
「僕で良ければ大歓迎だよ」
笑みを浮かべるレイへ何の疑いも無く小皿を受け取ると味噌汁を口にする。
「うん!! 美味しい・・・あれっ?」
急に揺らぐ視界に頭を押さえ、シンジは倒れる様にレイを押し倒した。
「あ・・・や・・・なみ?」
火照る体と木目細かく白い肌のレイを自分の物にしてしまいたいと本能が告げている。
「ダメ」
拒絶の声を無視して、本能に従いレイの制服を破り捨てる。
露わになった白いブラジャーと控えめながらも主張する双丘がより一層本能を掻き立てる。
ゴクリと大きく咽を動かすと理性に反して自分の手は双丘へと手が伸びていた。
恐怖に歪んだ表情を浮かべながらも、押し倒されたレイが笑みを浮かべている様にシンジは感じながら理性は消えていくのであった。
――貴方の翼を千切り棄てる。
もう自分以外の誰にも彼を奪われない様に印を自身に残そう。