藍〜story of possible〜

□分からぬ想いに苦味を
1ページ/4ページ


現代の日本において、日本独自の文化と云っても過言ではない行事の一つとなっているバレンタインデー。

華やかにデコレーションされた街並みや、腕や指を絡めあうカップルの姿が嫌でも目に付く日なのだが、菓子会社の戦略により根付いた文化であるのは誰もが知っている事だろう。

第三新東京市も例に漏れる事無く、愛を確かめ合うカップルで溢れ返っていた。

街の郊外に建築された比較的老朽化が目立つマンションの一室は、今では珍しい灯油を使用するストーブに拠り暖かい空気に包まれ、その部屋の中心で途方に暮れているレイの姿があった。

綺麗にラッピングされた正方形型の箱を大事そうに両手で包み込み、整った眉を困惑気味に顰めながら箱を見つめていた。

箱の中にチョコレートが入っているのは、バレンタインデーと云う日を考えれば容易に想像がつく。

レイが女性でありながらも、甘い想いの籠もった品を受け取った事に可笑しい点は無い。

女性が男性に想いを伝える為にチョコレートを贈るのは、日本独自の文化であり、ドイツでは男性が女性をデートに誘う口実に使う程だ。

それに加え、日本には[義理チョコ]や[友チョコ」、今回の様に男性が女性にチョコを贈る[逆チョコ]と云う習慣もある。

彼女が困惑気味に眉を顰める理由はそこにあった。

バレンタインデーと云う行事を知識でしか持ち合わせてないレイは、シンジから贈られたチョコの扱いが分からないのだ。

返礼の為にお返しをするのは決まったのだが、何を贈れば良いのか分からない。

シンジが渡す時に愛の告白の一つでも囁いていれば、こんなにもレイが困惑する必要は無かったのだろうが、意志薄弱と赤毛の少女が公言する程のヘタレだ。

勿論、愛の告白等ミジンコ程にも無く、同僚へ感謝の気持ちを込めて贈った物としかレイには考えられなかった。

愛の告白をされても戸惑うのは目に見えてしまうが。

それでも、シンジにしては自発的に行動しただけ頑張った方だろう。

話が逸れてしまったが、今までの人生でバレンタインデーに興味を持つ事が無かったレイにとって初体験が[逆チョコ]とは、登山経験の無い素人がアルプス山脈へ行く無謀としか言い様が無いものなのだ。

それに加えて、比較的感情が芽生え始めたと云っても、同世代の少女達と比べられない程に感情の発露が無いレイの頭の中の辞書には求愛の意義は記載されて無かった。

滅多にする事の無かった溜息を取り戻すかのように吐き、恨めし気に長方形の箱を睨み付ける。

この状況を看破する為には、渡された時の情景を思い出すしか無いだろう。

そう考えたレイは、これで31回目となる情景を思い出すのであった。
 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ