蒼〜Wish to the sky〜

□第六話
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[友人]の絆をレイと結んでから数日が経とうとしていた。

紅い世界から想いを馳せ続けていたレイと絆を結べた事はとても嬉しいが、シンジは一つの危機感も抱いている。

それは、レイが自分に依存してしまうのでは無いかと云う事だ。

所謂刷り込みと呼ばれる現象で、動物の生活史のある時期に、特定の物事がごく短期間で覚え込まれ、それが長時間持続する現象の事を言う。

刻印付け、インプリンティングとも呼ばれる現象を指摘したコンラート・ローレンツは、ガンの卵を人工孵化させ、ガチョウに育てさせようとし、成功させたのは有名な話だ。

今のレイは、孵化した雛と同じである。

閉鎖的でモノクロの世界が、シンジの手により色鮮やかに広がっていったのだ。

シンジならば自分を助けてくれる。

シンジなら自分の欲しい物を理解してくれる。

そう考えるようになってしまう事を恐れていた。

依存させる為に、レイの心を広げる手を差し出した訳では無い。

自分で考え、自分で覚え、自分で行動する。

人として重要且つ当たり前の事を出来るようになって欲しかったからだ。

しかし、シンジは自分の行いに後悔はしていない。

行動を起こさずに傍観者に徹していたのならば、レイの未来に光が差し込む事は無い。

彼女自身の行動を起こす呼び火に成れたのだから。

まぁ、一つの課題であった自己意識の覚醒は凡そ成功しただろう。

次の課題は、自分に係っている疑惑の解消についてだ。

「シンジ君、この前の戦闘の事で聞きたい事があるの」

「はい、僕で答えられる事なら」

シンクロテストが終わった際にリツコから呼び出されたシンジは、彼女の執務室で予想通りの言葉を発せられていた。

前もって考えていたとは云え、彼女から発せられているプレッシャーには冷や汗が止まらない。

「ATフィールド・・・貴方が使ったバリアみたいな物の名称なのだけど、どうやって発現したの?」

正式名称[ABSOLUTE TERROR FIFLD」。

通称ATフィールドは、絶大な防御力を誇り、全ての兵器は威力を減殺される。

発現理論は今だ解明されておらず、エヴァや使徒の個として補完された存在のみが最大限に使用できるとしか分かっていない。

「あの時は必死で覚えて無いです」

リツコの問いに当たり障りの無い言葉を答える。

「考えていた事で良いわ」

「・・・攻撃を受けたくない、女の子を危ない目に遭わせたくないって考えてました」

「拒絶の心ね・・・有り得るかもしれないわ」

シンジの言葉から編み出したリツコの考えは的を得ていた。

ATフィールドはヒトを形作る心の壁とも呼ばれている。

その心の壁を、拒絶する意思を最大限に抱く事で発現する事が出来るのだ。

様々な過程論がリツコの頭を駆け巡っているのだろう。

机に置いてあったメモ帳に箇条書きで何かを書き込んでいるのだが、科学者として関心を強く刺激する内容の所為か、シンジの存在を忘れてしまったらしい。

帰るにも声を掛け辛い状況に苦笑を浮かべるしか無いシンジであった。

リツコが自分の世界に旅立ってから一時間後、ようやく自分の中で考えが纏まったらしく、軽く息を吐き現実世界への帰還を果たした。

既に待ち疲れたシンジは内心深い溜息を吐いて、その帰還を喜んだ。

この後も色々な質問をされると考えると気分は下降減少に陥ってしまうが・・・。

「ごめんなさい。少し考え込みすぎたわ」

「はははっ・・・大丈夫ですよ」

正直な話、大丈夫では無いのだが、社交辞令な言葉を言う。

それを分かっているリツコはすまなそうに笑みを浮かべた。

「今日は帰って良いわ」

「えっ?」

この後も色々な質問をされると考えていたシンジには拍子抜けとしか云い様の無い言葉であった。

「疲れてるでしょ? 今日はゆっくり休みなさい」

前界の思い出からあまり良いイメージを抱いていないリツコから掛けられた労いの言葉にシンジは疑心暗鬼になってしまうが、リツコの表情は何かを企てている表情とは違い、とても穏やかだ。

本当に自分の事を思って言ってくれているのだろう。

言葉に甘えるように、シンジは一礼するとリツコの執務室を後にするのであった。
 
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