小説(私作)


□FINAL FANTASY -Blue Magician-A
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第二章

 クリスタルは、様々な力を人々に与えた。
真夜中にも太陽の光を灯し、海の流れを意のままに操り、大いなる都市を天空にうち上げ、人の命の定めすら覆した。人々はその力に恐れを抱きながらも、愛さずにはいられなかった。“クリスタル“を、“クリスタル”をもたらした四人の英雄“四聖“を。
 竜騎士・アルクス、吟遊詩人・パルミーア、侍・ネルヴァ、導師・テラ、彼らはもはや神の名に相応しい。故に、十三年前の悲劇は、あまりに深く人々の心を傷つけた。それを、彼は解っていたのだろうか。
 アルクス皇帝を手にかけた、青魔導士・オーシャン。
彼は、最期にまだ目も見えぬ赤ん坊の皇子を炎に落とし、その手で自分の喉笛に剣を突き刺したという。まさに、悪魔。ただ、彼はなぜそうもアルクスを憎んでいたのか。三十年前の“悪夢”から共に戦ってきた、アルクス皇帝の誰よりも信頼する友であったはずだ。そして、誰もが彼をこのように評した。
 「彼は、優しかった。」
もはや、火炎の闇に消えてしまった青魔導士に、語る術など無く、全ては謎のままこの時を迎えている。


 青魔導士は夢を見ていた。
―オ・・・マ・・エハ・・・
 炎が夜の闇を斬り裂くように赤々と燃え、人々の恐怖を克明に照らし出す。皆が兵士の槍に突かれ、次々と炎の中に落とされていく。その身が焼き尽くされるまで赤子の泣き叫び、最期は見る影もない。
―ミエルダロウ・・・ヒトノ・・ミニクイ、アラソイガ・・・・
 いつしか炎も消え去り、視界は静寂の闇に包まれていった。すると、今度は赤い光が二つ、目玉のように輝いた。その下には、歪んだ笑みを灯している。
―オマエハ、ナニ・・・ヲ・・・ナニヲ、シテイル!!オ・・・


「おーい!朝だぞ!!」
 夢の声と重なって聞こえた、少年の軽快な声に胸を突かれた。青魔導士は、はっとなって目を覚ました。視界に広がっていたはずの夜の闇も、不可思議な光も、瞬く間に彼の記憶の底に沈んでいき、後には荒い呼吸だけが残った。彼は肩の力を抜いて息を落ち着かせると、体を起こして辺りを見回した。朝日の差し込む時刻には、露に濡れた草木の香りがする。壁一面をくりぬいた窓の向こうに、アリーが手綱を引いてこちらに笑いかけてきた。
「よく眠れたか、青魔導師さん?」
 ここは薄暗い木造の部屋だった。大人はしゃがみ込まないと歩けもしない低い天井、藁をいっぱいに敷きつめた床、その上には粗末な布を広げていた。全部で五枚、これが布団代わりなのだろう。青魔導士は布を踏まぬように、天井に吊るしてある錆び付いたランプに頭をぶつけないように、ようやくアリーの傍らに腰を下ろせた。
 そこで、この家は馬車ならぬ、チョコボ車だと見当がついた。少年の握る手綱の先には、五羽のチョコボが威勢良く森を走り、頑丈な車輪をガタガタと言わせながらこの家を引っ張っていたのだ。家は小さな小さな三階建て、一階のこの部屋が寝室なら、二階は食事場、三階は見張り場だろうか。二階から煙突が一本のびて煙を吹かし、香ばしいパンの焼いた匂いがしてくる。三階はこの家がちょこんと帽子を被っているようで、人一人が入れるかも怪しかった。
「このチョコボ車が、俺達のアジトさ。なかなか居心地いいだろ?」
「ああ、悪くない。」
「そりゃあ良かった。コラン!青魔導師さんはお前らの寝床をお気に召したそうだぜ!」
―クェェ!
 白チョコボのコランを先頭にして、チョコボ達は一気に加速し始めた。コランが翼を羽ばたかせて大はしゃぎなのだ。家は本格的に揺れ出し、アリーが腰を宙に浮かせながら冷や汗をかく。
「おいおい、何はしゃいでんだよ!コラン、リーダーが落ち着かなきゃ、皆が爆走するだろ!」
「チョコボが沢山いるな、お前が育てたのか?」
「Yes!俺の誇り高き精鋭達よ!って、まあ“みんな”で育てたんだけどな。」
 陽光の暖かい青空は澄み渡り、風も清々しく吹き付けてくる。青魔導士も心穏やかに息を吸い込み、自然の空気を味わっていた。アリーはそんな彼を横目で見つめ、好奇心ありありと瞳を輝かせている。
「なあ、あんたさ、前々から俺の事知ってたりしない?最初に会った時、俺の名前呼んでくれたしさ。」
「お前の名を叫んでただろ、あの頭領って奴が。」
「ああ、やっぱそうだよな。へへ、変な事聞いて悪かったな。うん、それとは別に、もう一つ聞いていい?」
「何も、聞かないんじゃなかったのか?」
「揚げ足とるのかよ!いいじゃねえか、名前くらい聞いたって減るもんじゃねえだろ!」
 わめき出した少年に、青魔導士はやれやれと肩を落とした。
「アオマ。青魔道士の、アオマ。」
「……アオマ、青魔導士のアオマさん。ふーん、そりゃあまた随分と親御さんも安易に名付けたもんで。」
 アリーは彼の名前を呟いてすぐに怪しんだ。青魔導士のアオマはそれ以上口を開く気配はなく、ぼんやりと青空を眺めた。アリーは彼を問い詰めてやりたいというよりも、純粋な好奇心を満足させたかったようだ。しかし、二階の窓から青年の呼びかける声がして、もう話を中断せざるを得ない。
「おい!アリー、朝飯できたぜ!おーい、聞こえてんのか!?」
「わーてるよ!うるさいな!」
 ちょうど川辺に車を止めると、アリーはアオマの腕を掴んで一階の奥の梯子に連れて行った。梯子は杭でしっかりと固定され、ギシギシと音を上げながらも、頼もしく人を二階に上げてくれた。
「随分立派な、チョコボ車だな。」
「そうだろう!一階が俺達とチョコボの寝室、二階が食事場、三階が見張り場ってところだ。」
「俺が造ったんだぜ、青魔導師さん!」
 のっぽな青年が一人、梯子の先で二人を待ち構えていた。そばかすだらけの顔で、落窪んだ目元から陰湿に見られがちだが、快活な笑いをもって暗い雰囲気を払拭させる。そして、もう一人、小太りな青年がパンをかじりながら、物珍しく青魔導士を見つめている。背丈はアリーの頭一つ分高いぐらいで、赤ん坊のように丸っこい目を輝かせ、人懐っこく笑顔を浮かべている。
「紹介するぜ。細いのがヨウ、デブいのがマチ。チョコボの次に大事な俺の仲間よ!」
「僕はデブってないよ!」
「てめえアリー、俺達はチョコボ以下だと!!」
「あともう一人。カリンっていう恐いっていうか、クールな女がいて……」
「何か言った、アリー?」
「別に〜ただ美人さんがうちには一人いるって。な、アオマ?」
 二階は中央に木造の円卓と椅子を置き、左の壁に鉄製の釜戸を備え付けていた。そこでは娘が一人、鍋に火をかけてスープを煮込んでいた。ウェーブのかかった金髪がふんわりと肩にかかって愛らしかったが、紫色の瞳は切れ長で、一睨みでアリー達を大人しく椅子に着かせる。彼らは一様に青葉色のつなぎを着ていたが、それぞれの着方をしている。ヨウは、大工仕事のために袖を肩までまくり上げ、動きやすいように上着の前を大っぴらに開けている。マチは全部のボタンをしめて厚く着込み、肌を見せぬようにしていた。彼の椅子には革製の手袋が吊るしてあるが、これはアリーの話だとチョコボの飼育に使うらしく、臭うから近づかない方がいいらしい。
「青魔導士さんの席はそこ、アリーの隣。突っ立ってないでさっさと座りな。」
 一方、カリンは実に清潔な服装で、上着を腰に巻き付け、黒色のタンクトップをスレンダーに着こなしている。ただ、腰には一丁の拳銃をちらつかせている。アオマは彼女の言う通り、その椅子に腰掛けた。テーブルには、こんがりと焼かれたパン、鶏肉の入ったスープ、そして、ハグル専用のワインボトルが一本、なかなか豪勢な朝食である。
「遠慮なくいただけよ、青魔導士!最近は大金ばかり入って豪勢なもんだ!ガハハハ!!」
「頭領、こいつの名前は青魔導士のアオマだってさ。」
「ほう、そりゃあ覚えやすくていい名前じゃねえか!よし、祝杯といくか!兄弟!」
「おお!乾杯!!」
「僕達は、ミルクだけどね。」
 この窮屈な部屋の三分の一を占め、ハグルは奥の椅子に大股開いて座っていた。アリーと共にはしゃぐ度、この家は全体的にぎしぎしと悲鳴を上げる。それでも、こんな大男を収容しているのだから大したものだと、アオマは感心しつつ口元を覆っていた布に手をかけた。
「へえ、顔隠してるんもんだから、てっきり相当ひでえ面かと思いきや、なかなかの色男じゃねえか!おい!」
「あんたには負けるよ、頭領。」
 ハグルの言葉通り、アオマは目鼻立ちのはっきりとした綺麗な顔の男だった。色白い肌に輪郭も細く、艶のある黒髪はすっと頬に流れ落ちるようだ。落ち着きの払った表情も相まって、実に魅力的な雰囲気をかもしている。しかし、この盗賊の住処では、それも単なる茶化しのネタにしかならなかった。
「ガハハハ!そして、口も達者ときやがったか!こりゃあさすがの俺も勝てねえや!!」
「なーに言ってんだか、この熊顔が!」
 ヨウは鼻で笑って上機嫌なハグルの頭を引っ叩いた。
「いやいや、これほど精悍な顔立ちの熊も珍しいっすからね、大モテ間違いないっすよ!」
「熊、限定でね。」
 マチがハグルの顔を立てようと言葉を選んでみたが、カリンの付け足しで台無しになった。皆が朝から大いに騒ぎ、ふざけ、笑い合う。料理がついに底をついて猶も賑やかに話し込んでいると、太陽も真上に昇り、チョコボ達も業が煮やして家の壁に軽く頭突きを食らわす。
「あっ、いけねえ。コラン達の飯忘れてた。ギザールの野菜ってどこだっけ?」
「その籠に山ほど積まれてるでしょ。」
 部屋全体が一度ガタリと揺らめき、片隅で山と積まれたギザールの野菜が一つ転げ落ちた。アリーは慌てて籠を両手に担ぎ、ついでにアオマを振り返った。昨夜は、顔の殆どを隠していたので気づけなかったが、彼は思いの外親しく人と接する。静かに微笑んだり相槌をうったり、ハグルとは真逆の態度で、すっかり盗賊達の空気に馴染んでいた。
「そうだ、アオマも一緒に来いよ。コラン達に飯をやりに行くんだ。」
「ついでに、食器も川辺で洗って来てちょうだい。」
「はいはい、カリンは人使いが荒いよね。お客さんも困っちゃうだろ?」
「当然のことだ。」
 アオマは、カリンの言うより早くテーブルから食器を片付けていた。アリーは釈然とせず、ふてくされたが、アオマに頭を撫でられて共に梯子を下っていった。途端、部屋はしんと静まり、外からチョコボ達の歓声がよく聞こえた。
「頭領、いつまであいつをここに置いておくつもりなの?」
 最初に口を開いたのは、カリンだった。
「なんだ、青魔導士だからってビビってんのか?」
「単純な質問を、したつもりだけど。」
 彼女は腕を組んで壁に寄り掛かっていたが、冷ややかにハグルを見下ろした。ヨウもマチも気持ちは同じなのか、ハグルの顔色を窺っていた。しかし、ハグルは一切取り合わずにへらへらと笑い、窓からチョコボ達と戯れる彼らの様子を眺めた。
「ふん、さあね。ただ、これからいつも以上に危ない橋を渡るんだ。”クリスタル”を盗んだ上に、青魔導士をかばった身だ。完全にアイディアル帝国を敵に回しちまったんだ。いくらだって力は欲しくなる。帝国が相手でも、いや、モンスターが相手でも、互角に戦える力だ。」
「でも、本当に大丈夫かな?」
 この中でたった一人、マチだけが気弱に縮こまっているので、カリンはその頭を引っ叩いて喝を入れる。
「それこそどうでもいいことじゃない、私達は盗賊よ。帝国だろうが何だろうが、怖くない。もしも、怖いものがあるとしたら……依頼主に裏切られること、かしらね。」
「確かに。何者っすかねえ、よりにもよって頭領とアリーにクリスタルを盗めだなんて。」
 ヨウは頬杖をついてカリンに頷き、改めてハグルに視線を向けた。こればかりは、ハグルも難しい顔をしたが、結局は馬鹿みたいに大笑いするのだった。
「それに関しちゃあ想像もできねえが、十中八九ろくな奴じゃねえだろう。この御時世に、“四聖”へ喧嘩売ろうっていうんだ。まあ心配はすんな、”チョコボの道は、チョコボなら誰でもよく知っている”ってところよ。ガハハハ!!」
「……どういう意味?」
「”蛇の道は蛇”だっていいたいんでしょ。」
「ハハハ、僕らは単なるギザールの野菜だったりして。」
「笑えねえよ、チョコボ使いがチョコボに食われたなんて仕舞だぜ。」
 一方、若い三人衆は冗談を交わしつつ、不安な思いを抱えていた。しかし、こんな薄暗い表情をしていても、アリーとチョコボ達に笑われるだけだ。外では、川瀬のせせらぎに耳を傾け、アリーとアオマは皿洗いに勤しんでいたが、ギザールの野菜を食べ尽くして満足げに腹を抱えたチョコボ達が、ふざけてちょっかいをかけ始めた。すると、アリーも皿洗いなど放ったらかしに、彼らと元気いっぱいに戯れる。
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