はじめの一歩
□言の葉
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「いらっしゃいませ…っ」
「ぁ…」
バイト中、現れた客は佳織だった。
学生仲間と、昼食の調達にでも来たらしい。
そういえば、このコンビニでバイトしている事は言っていなかったかもしれない。
お互い一瞬の逡巡はあったものの、オレはすぐに仕事を再開した。
「ねぇねぇ佳織、あの店員さんかっこよくない?」
連れの一人が会計している間、先に会計を終えたもう一人が、佳織と話しているのが聞こえた。
佳織は少し戸惑いながらも、適当に話を合わせる。
知り合いだとは言わない。
面倒だから。
オレも。佳織も。
第一、佳織は仕事中に邪魔になるような真似はしないだろう。
佳織の番が来ても、お互い何も言わない。
一瞬、視線を合わせただけ。
「どうも…」
会計を終えると、佳織は僅かに微笑んだ。
「お待たせ。行こう?」
連れにそう言い、出口へ向かう。
…と、その前に、佳織だけ立ち止まり、オレの方に近付き、囁いた。
「頑張ってね」
オレにしか聞こえない、小さな声で。
佳織はそれだけ言うと、少しはにかんだ笑みを残し、二人の連れに追い付くよう足速に自動ドアを抜けて行った。
オレは、本来、「ありがとうございました」と言うべきなのを忘れ、呟いた。
「サンキュ。佳織」