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□蒼の牢獄
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物心ついた時には、すでに母はいなかった。

私はベクタ有数の貴族、シェール家の息女として育てられた。
何ひとつ不自由した事はなかったと思う。いまも憶えているのは、屋敷の庭。青い空ととりどりの花。鳥達のさえずりを聴くのが好きだった。


あれはいつの事だっただろう。父に連れられ、帝国城へ行ったのは。

初めて訪れた帝国城内は、それまで暮らした家とは何もかも違って見えた。
甲冑を着けた兵士が往き来する。重厚な機械に囲まれた街。巨大な工場が噴き出す煙が街中にたちこめ空を覆う。
私の好きな青い空は、そこにはなかった。

私はずっと下を向いて歩いた。重そうな扉をいくつか通り過ぎた。石畳は、冷たく蒼い。



「…セリス、シド博士だよ。ご挨拶なさい」
父に声をかけられ、顔を上げた。そこには、気難しそうな男が居た。

「これからお世話になるんだ。お前はここで魔法の勉強をするんだよ」

唐突な言葉に少し驚いたが、貴族の娘が修道院等に見習いに行く事は珍しくなかったので、自分にもその時が来たのだと思った。
もとより父に逆らうなどと考えた事はなかった。
大柄な男が部屋に入ってきた。父に何か耳打ちすると、父は私をちらりと一瞥したあと私に声をかけた。

「頑張れよ、セリス。シェール家の名に恥じぬように」


父は男と共に部屋を出ていった。頑丈な扉が重そうに閉まる。


――そしてその日から父には会っていない。
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