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□drops
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彼の後ろ姿を、見ていた。
もう、見慣れた背中。
いつもずっと、後ろを歩く私を気遣い、度々振り返っては声をかけてくれた。
でもあの時から。あの町で、あの家で、彼女を見た時から。彼は私を振り返る事がなくなった。
二人の間に細かい雨が降る。
一度も陽が差した事のないようなこの町には、錆と黴の匂いがたちこめていた。
雨が、髪を肌を服を濡らす。貼り付いた衣服は、今の自分の感情のように私を冷やす。
―似てるんだ―
初めて会った時の、彼の言葉が耳をよぎる。あの時よりも重みを持って、私の胸を叩く。
嘘つき。
似てなんかいない。私よりもっと華奢な身体。長い睫毛とうっすらと色づいた唇。柔らかな小さな手。髪の色も肌の滑らかさも、私と全然違うじゃない。
似てなんかいない。
あんな人がいるなら、どうして私に…
―俺が守る――
どうして?
雨は止まない。
嘘つきだらけのこの町では、私のこの想いも嘘になるのだろうか。
こんな感情は、知りたくなかった。
前を歩く彼の背中に、絞り出すように声が漏れた。
「好き…」
精一杯の言葉は、雨に吸い込まれて消えた。