小説置き場
□二人でなら大丈夫。
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こうも一人と言うのが辛いとは思わなかった。
学校に行けば、友人たちがいる。
それでも、家に帰ればいつもの声は聞こえず…。
今日も一人。
「ただいま。」
返事など返ってくるはずのない部屋に向かい、一人寂しくつぶやく。
「おかえり。」
「…!?」
菜々子もおじさんも入院中で戻ってくるという話は聞いていない。
「悠、おかえり。」
「…なつき…?」
「おーかーえーりー!!」
「あっ、あぁ…ただいま。」
なぜこの家に居るのか…というかどうやって入ったんだ?
そんな疑問が一気に湧きあがって、とても変な顔をしていたのだろう。
「えーっと、おじさんにお願いして家に上がらせてもらったの。悠って一人だとなんにもしてなさそうなんだもの。っていうか、ご飯食べてる?」
「…食べて…ない。」
はぁ〜と、大きくため息をついて「やっぱりね。最近痩せたよね?」なんて言って、台所に立った。
今言われて気付いたが、確かにここの所参っていたのだろう。
テレビの中に入らなかった日は、まっすぐ家に帰って、ずっと部屋にこもっていた…気がする。
トントントンと、包丁の小気味良い音が聞こえてきた。
「…なぁ、俺、学校で変だった?」
「ん?どうして?」
「いや…なつきが家に来た理由…それくらいしか思いつかない。」
学校ではいつも通りに振る舞っているつもりだったが、どこかでボロを出しただろうか?
やはり参っているのかもしれない。
「別に。学校では普通だったよ。」
「じゃあ、なんで…」
「普通すぎて、逆に違和感だったから。」
どうしてだろうか…。
彼女のこの言葉を聞いて、中から何かが溢れてきた。
「…っ。」
「悠?…悠!?」
「ごめん、こっち見ないで。」
そっと彼女の側により、出来るだけそっと…壊れないように抱きしめた。
「ちょっ、悠!危ないよ。包丁持ってるし…」
「ごめん…っ…ごめ…もすこしこのままで」
どうやっても止められない。
止めようとすればするほど、どんどん流れてくる。
「もー。」
「ごめん」
すっと、彼女の腕が軽くなり、こちらを向いた。
そして…ぎゅっと、抱きしめてくれた。
顔は見ないようにしてくれているのだろう。
彼女の顔は、俺の胸にうずめられている。
「顔は見ないからさ…だから、一人でいないでよ。悠、消えちゃいそうだよ今。」
そのまま暫く、抱き合ったまま、俺は今まで我慢していたものを全て吐きだした。
その間もなつきは、静かに聞いてくれていた。
「…ありがとう。」
みっともなく声が裏返ってしまった。
きっと顔も最悪だろう。もしかしたら鼻水すら出ているかもしれない。
「いいえ。どういたしまして。」
俺が泣き終わってから、顔をあげた。
「うわっ、初めて見た。そんな顔。」
あたりまえだよ…。
「俺、人前で泣いたの…お前が初めてだし。」
「ふふっ、そっか。」
ちょっと、恥ずかしかったけれど、彼女の前でならいいかと思った。
「ごはん、作るから、待っててね。」
そう言ってそっと、俺から離れた。
「…あぁ、ありがとう。」
少し、寂しい、と思った。
「どういたしまして。」
それなりに酷い顔になっているであろう自分の顔を洗うために、洗面台に向かうことにした。
俺はどこかで、人間なんてずっと独りなんだと思っていた。
でも、独りじゃなかった。
「なぁ、なつき。」
「んー?なにー?」
すこし距離のある彼女が軽くこちらを振り向いた。
「あのさ…。」
ゆっくり、ゆっくりと近づく。
「俺、ずっとどこかで人間なんて独りなんだと思ってた。でも、違った。本当に側に居てくれる人が居るって、心強いなって思った。だから…ありがとう。」
そして、もう一度ちゃんと俺の方を向かせて、抱きしめた。
「ゆっ、悠?」
「こんな時に言うのも変かもしれないけどさ…好きだよ。今、側に居てくれて、本当にありがとう。」
驚いている彼女の唇に、口づけを送った。精一杯の感謝を込めて。
この気持ちが言葉では全部なんて伝わらないだろう。
だから、ほんの少しでも伝わるように…そんな気持ちも込めて。
「ずるいよ、そんな顔して言われたら…私も好きだから…そんな顔しないで…。悠が私の事必要じゃなくなるまで、ずっと側に居るから。」
俺が君を必要じゃなくなる日なんて…一生来なければいい。
来るわけない。
だから。
「なつきこそ、そんな顔して泣くなよ…。」
本当に一生、離れられなくなる。
「離したくなくなるだろ。」
そのままもう一度、彼女に口づけを送った。
しばらくそのままで、お互いの顔が泣き顔から真っ赤になるまで。
そして、帰ってきたときとはまるで正反対な気持ちで…二人で笑い合っていた。
「愛してるよ。もう離さない。」
「私も。出来る事なら離さないでね。」
二人でなら大丈夫。この不安も、この先の事もきっと…。