小説置き場

□あなたとわたし
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貴方は今、記憶がない。

学校で、花京院君たちと笑っていた時の記憶。
エジプトを旅した記憶。
仲間を失って、悲しい思いをした記憶。
…そして、私といた…想い出。

全て、今の貴方の姿をした器には残っていない。
まるで…

「まるで、赤ん坊みたいね。承太郎。」

「この間、やっとシャワーを浴びることを覚え、単語も30くらい覚えました。ですが、意味は理解していないようです。」
「そう…」

スピードワゴン財団に突然呼び出された。
緊急事態だ。

「空条承太郎が瀕死状態だ」と…。

唯一、彼を昔から知っているのは私しかいなかった。
初めは彼に会いたくなかった。否、合わす顔がなかった。何もできなかった私は…

彼の別れた奥さんを呼べばいい。そう思っていたが、彼女を巻き込むのは、承太郎の意思に反する。巻き込まないために、彼は家族すら捨てたのだから。


「ねぇ、承太郎…貴方の娘の徐倫は今、頑張ってるよ。貴方のために。」
「………。」
「…返事なんかするわけない…か。」

SWの医師から聞かされてはいたから分かってはいた。
だが、こうも変わってしまった彼を目の当たりにすると、ショックだ。

「承太郎、私は煙草を吸いに行くから。何かあったら呼んでね。」
きっと…呼ばれることなんてないだろうけど。
だからと言って、彼に対する態度は変わらない。だって…だって…


「なつきさん、急にお呼び出ししてすみませんでした。」
「別に、いいわ。でも、私が来たからって…彼は変わらないと思うけど?」
「そうですね…」

分かっていたなら、なぜ私を呼んだのよ。

「しかし、微かな望みでも、今の我々はその望みは捨てません。かつて承太郎さんは貴方と…」
「それは昔の話よ。」
「そうだとしても、彼にとっては想い方は違っても、貴方の事も大切な人だと思い、お呼びいたしました。」

…想い方は違っても…か。
余計せつなくなるわね。


「………。」
「えっ、承太郎?いつの間に…どうかした?」
「………。」
「なあに?…煙草、吸いたいの?」

彼は、私の吸っていた煙草を指さしていた。
「…これって、渡したほうがいいかしら?」
医師が横にいるのから、勝手に毒物(自分で言うのもなんだけど)を渡すのはマズイだろう。
「彼が興味があるなら。珍しいな、空条さんがこんなに興味を示すだなんて。」
なら、渡してあげるのがいいだろう。

「はい。」
「………。」
「……あ。」

まだ全然吸っていなかった煙草を、灰皿に潰されてしまった。

「ちょっと、全然吸ってないのに!あぁ、もったいないなぁ。」
「………。」
相変わらず彼は無言だ。
でも…

ゆっくり、首を横に振った。

「ん?…煙草、ダメっていいたいの?」
私がそう問いかけると、今度は首を、縦に振った。

「なんてことだ!!言葉は話さなかったが、意思を示した!!なつきさん、すみません、もう少し彼と話をしていてください。私は空条さんの脳波などを見てきます!!」

医師はかなり興奮気味に、研究室らしき部屋に戻って行った。


「…そういえば、承太郎は煙草、やめたんだっけ?」
「………。」
「そかそか。えらい、えらい。」

返事はないけど、なんだかわかる気がする。
私がほめてあげると、彼は少し、ほんの少し、誰も気づかないくらいの小さな微笑みをした気がした。





「貴方の記憶が戻ったら、昔話をしましょう。…それまでは、側にいることを許してください。…未だに、貴方しか愛せない私を…許さなくていいから、拒否しないで…承太郎…」

「water」

「えっ?」

「water」

「水?…あっ。」


水に似たものが、私の目から流れていた。
彼はそれを指ですくい、ただwaterと、言うだけだった。

私の勝手な妄想だけど…
まるで…

「泣くな。馬鹿野郎。…相変わらず瀬野は泣き虫だな。」


そう言われてるみたいだった

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