ヴァンパイア騎士:連載
□上に向かって
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この世界に飽き飽きしていた。
どうしようもないぐらい汚れている世界に…
否、世界じゃない。
この足に吸いついてくる、地面に…この、地上に嫌気がさしていた。
そんな感覚に陥ると、決まって僕は煙草を吸っていた。
【上に向かって】
毎日毎日、同じことを繰り返す日々。
僕らは永遠を生きる。
吸血鬼は、首を切り落とされるか、心臓を貫かれない限りし死なない。
でも、僕はそれでも死なない。
僕は純血種。
自分よりも濃度の濃い血を与えられればまた復活する。
死ねる方法はあるが、それは、望まない。
吸血鬼ハンターに殺されるなんてまっぴらごめんだ。
僕らより遥か刹那の時間(とき)しか生きれない人間は、いつも何かに追われるようにして、日々を生きている。
僕らから見れば、非常な愚かである。
地位や名誉なんかは、死ねば塵同然。
なのに、人間というやつは、その塵を求め、かき集める。
僕らは死なない。
僕らは死ねない。
永遠を生きることを、人間(ひと)は望み…
刹那の時を生きることを、吸血鬼たちは望む…
はたしてどちらが矛盾しているのだろうか?
否、はじめから矛盾などはしていないのかもしれない。
もしかすると、世界自体が矛盾の塊でできているのかもしれない。
そんなことを考えると、キリがない。
そして今日もまた、午前5時にベランダに行き、煙草吸う。
この学園は、僕にとっては檻の中同然。
皆が皆、ああだ、こうだと生き、恋愛をし、勉強をし、日々をただなんとなくで生きている。
(人間は、時間がないと言いながら、ずいぶんと時間を無駄にするんだな…)
そう思った。
「あぁ〜!!!また今日も吸ってますね!!」
「優姫…朝から元気だね。おはよう。」
「あっ、おはようございます!!…じゃなくて、規則で、煙草やお酒は、ナイトクラスの貴方でも禁止なんです!」
「うん。そうだね。知っているよ。」
「だったら、やめてください。体に悪いですよ?」
「その言葉、吸血鬼である僕に言うより、人間に言ってあげなよ。」
そうだ、煙草だってそうだ。
肺を悪くし、寿命を縮めるそうじゃないか。
なのに、人間はその煙草を吸う。
…矛盾だな。
「デイ・クラスは煙草なんて吸いません。」
胸を張って言う彼女を見て、なぜだか可笑しくなった。
「本当にかい??」
「どういうことですか?」
手に持っていた、煙草の煙を吸い、また口から出した。
まるで煙を空に還すように…。
「僕以外に、ナイトクラスの連中は煙草を吸わない。皆嫌ってるからね。」
「はい…?」
優姫は頭にクエスチョンマークが浮かんだような顔をした。
「でもね…僕以外から、煙草の臭いがするんだよね…もちろん、君のお父上じゃないよ。」
「えっ!?」
「僕は一応、人間で言うと大人だからね。人間の決めた法律とやらには違反してない。けど…その子は違反してるよね?」
できるだけ優しく。
できるだけの笑顔で。
もしかしたら、口角が少ししか上がっていないかもしれない。
もしかしたら、上がってすらいないのかもしれない。
でも…
「それは大変です!あの…誰、とか、分かりますか?」
「顔までは…でも、入れ替えの時間には絶対にいるよ。」
嘘。
顔は知っている。
と、言うより否応なく覚えてしまった。
いつも、玖蘭先輩、玖蘭先輩と叫んでいる。
僕の嫌いな音の高さの声で、最前列で叫んでいる女。
たまに、僕を敵視するような眼で見てくる。
「入れ替えの時間ですか…」
「大変そうだから、手伝ってあげようか?」
えっ?とでも言いたげな顔だ。
基本僕は、全ての物に対して、無関心なのだ。
その性格を知っている彼女は、驚いている。
「えっと…そんなの悪いですよ!!ガーディアンの仕事は、私と零の仕事ですから…」
「知ってる。でも、理事長に相談したら、いいよって、簡単に許してくれたけど?」
「えーーーっ!!」
黒主優姫…この娘は面白い。
ころころと表情を変えて……
「気が向いたら、手伝うよ。」
「あっ、ありがとうございます!!」
そういうと、彼女は律儀にお辞儀をした。
気がつくと、手に持っていた煙草はかなり短くなり、僕は灰皿にそれを押し付けた。
「そろそろ、錐生のガキが優姫を探しに来るころだ。錐生は面倒だ、早く行きな…」
「あ、はい。それじゃあ失礼します。…煙草、ばれないように、吸ってくださいね?」
「はいはい。君の仕事を増やさないように努力するよ。」
そういうと、彼女は、天使かと思うほどのかわいらしい、年相応な笑顔を向けてくれた。
「それじゃ、また後ほど」
そして、彼女はベランダの手摺に足を駆け、下に降りて行った。
「毎度のことながらハラハラするよ。まったく…」
優姫は人間で、しかも女の子なんだから…そう思ってしまった。
「…また、吸ってたんだね。」
「…枢か。」
「優姫とは、何を話したの?」
「煙草をやめろだとか…その他諸々だ。」
「そう。」
枢は、僕に何を聞きたいのか理解できなかった。
「何?僕に関心もつなんて珍しいね〜普段は邪魔ものの退けもの扱いするくせにさ?」
枢は、静かに僕に背を向けて、一息おいてから、話しだした。
「君こそ…【人間】に興味持つなんて、珍しいね。明日は槍でも降るかな?」
「ひどい言いようだな…んま、それは、枢、お前だってそうだろ?お互い様だ。気にするな。」
「そうだね…今は気にしないことにしてあげるよ。」
「どーも。」
不思議だった。
さっきまで…優姫や枢に会う前まで、絶望的で、全てが楽しくなく、汚い…汚れきったこの世界だと思ってた。
だけど、すこしだけ…
ほんの少しだけ、生きていると良い事って、多少なりとあるんだな。なんて、自分らしいないようなことを考えてた。
(シャワーでも浴びるか。)
目の前にいたはずの枢はもう居なく、すでに太陽が地平線から顔を出していた。
(…そうだ。今度の長い休みには、飛行機にでも乗りに行こうかな。)
ずっと空に行きたかった。
だけど、行ってしまうと、理想像が崩れて、絶望してしまうと、心のどこかで思っていた。
だが、もうそんな上っ面なだけな、薄っぺらいような考えは消えた。
(望みが叶ったら、僕はどうするんだろう?それで終わりなのかな?それとも……)
それとも、また新しい希望を、夢を抱くかな?
きっとそうだ。
生きている限り、なにかしらの夢を抱く。
これからもまだ長い人生だ。
こんなに重く考えなくていいだろう。
誰も…神すらも責められないだろう。
今生きることだけを考えよう。
昨日の事なんて、どうでもいい。
ただ、同じ過ちを繰り返さなければいいだけだ。
今日もまた来たんだ。
僕、気楽に生きろ。