短編小説

□名もなき暗殺者
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俺は生まれてから一度も太陽というものを見たことがない。話によるとそれは恒星というものでガスの塊。常に神々しく燃えているのだという。
 そもそも俺は恒星とやらを何か知らないし、宇宙とやらにも無知だ。つまり、太陽について語られてもさっぱりわからない。
 だが、その情報ですら事実なのかどうか怪しい。なにせその情報は何百年も前のものだから。
 今はもう、誰ひとりとして太陽の姿を知る者はいない。当然俺を含めて。
なぜか? ここはスラムだから。地下街だとかアンダーグラウンドだとか、皆は好きなように呼んでいる。
俺達の先祖は地上で勃発した戦争から逃れるために地下で生活するようになった。ま、それさえも事実かどうかは定かではないが。
 随分前になるが、ジィに「日の光を浴びてみたい」と言ってみたことがある。それを耳にしたジィは、
「馬鹿たれっ!」
と拳で殴ってきた。
あまりにも痛かったもんだからそれからは一度も話題には出していない。
地上の話を切り出しても、こうして相手にしてくれるのはジィだけだ。他の奴らに話しても相手にされない。地上に通じる道なんてあるわけないだろうって。
ちなみにジィは一緒に暮らしてる爺さんのこと。本名を知らない俺は省略してジィと呼んでいる。血の繋がりがなくても家族と呼べる唯一の存在。
なぜなら、俺は生まれてすぐに捨てられたから。
 だから、本当の家族を俺は知らない。



 スラムは白昼でも関係なく冷めた空気と暗闇に包まれている。光を与えているのは街の中心部にある小さな発電所からの電力。それが各住居や街のいたるところに設置されている電灯に灯る。それでも仄かな光にしかならず、満足に道は歩けない。
 そんなスラムに暮らし始めてもう十五年が経つ。暮らし始めてという表現はおかしいかもしれないが、実際どこで生まれたのかわからないのだから仕方がない。地上で生まれた可能性だって否定できない。
そして、ここで生活するのに絶対に必要なものがある。それは地位でも仕事でも金でもない。
 家だ。
スラムでは家はその人間の存在意義を示している。家のない者は周りから迫害され冷たい目で見られ、やがて死に追いやられる。大袈裟だと思うかもしれないが、それがスラムでの暗黙のルールだ。
捨て子だった俺を拾ってくれたジィには家があった。それなりに老朽化も激しくそんなに広いとはいえないが生活するにはなんら問題はなかった。だから俺は普通に生活することかできている。
いや、家があるからといっても普通に生活ができるわけではない。やはり人間生きていくためには金は必要だし、金を手に入れるためには仕事をしなくてはならない。
かといってジィはもう歳相応だし、働けるのは若造の俺。
仕事は探した。目一杯探した。一日中スラム巡りをしたこともあった。同じ場所を連日訪れたこともあった。それでも仕事は見付からなかった。
でも今はちゃんと働いている。というより、やっている。
収入はそれなりにいい。スラムで暮らす人間にしてみれば大金だろう。
何の仕事か? それは――。
「おい! ガキ!」
 背後に立っていた男に俺は肩をわし掴みにされ、危うく倒れそうになった。俺は男の毛深い手を払って睨み付けた。
「……んだあ? その態度は!」
「あんたこそ」
「ここらは俺の領土なんだよ! ガキは家に帰ってオネンネしてな?」
「領土? ……ああ、あんたが今日の」
男は上半身裸で穴だらけのジーンズを履いている。刺青が彫られた上半身からすると強豪に見えるが、俺に見かけ倒しは効かない。
「何言ってんだあ? このクソガ――」
「遅い」
男が台詞を言い終える前に俺は動いた。男の脇から背後に回って首に手をかける。男が「キ」を言うと同時に全体重をかけて地面に男の頭を減り込ませた。石が飛び散って頭蓋骨の砕ける音が聞こえた。
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