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□堕天(裏)
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上質な絹の手触り。透けるような碧翠の繻子。その上に光沢のある深紅の生地を重ね、優雅に舞う長い袖や裾には豪奢な刺繍が施され、鮮やかな牡丹の花が咲いている。
中国の伝統衣装のようだが、旗袍のような丸い詰襟ではなく、長い袂に襟の交差した形はどちらかと言うと古典的な漢服に近い。
絢爛豪華な、古代の宮廷装束のようにも見えた。
骸はそれを手に取って眺めながら、何となく京劇に出て来る美しい青衣や花旦を思い浮かべた。どちらも舞台で華やかに舞う女性の役だ。

「気に入った?」

白蘭が上機嫌そうににっこりと問いかけた。

「...言葉も出ませんね」

骸は引きつったように笑うと、寝台の上に広げられた衣装をゴミでも払うかのように床に投げ捨てた。
白蘭は動じた様子もなくそれを拾い上げ、再び骸に押し付けた。だが骸は今度は受け取らなかった。

「ふざけるな、誰が着るかそんなもの」

耐えがたい屈辱に、骸は声を荒げた。

「いいじゃん、今着てるのとそんな変わんないって」
「...それは明らかに女物です」
「サイズは合ってるよ」
「性別が合ってません」

噛み合わない会話に苛立ちながら、骸は軽蔑の眼差しで白蘭を見た。

「見下げ果てた人ですね、あなたの性的嗜好が歪んでるのは知ってましたが...まさかこんなものまで引っ張り出してくるとはね」
「失礼だね、言っとくけど僕の趣味じゃないよ。今夜のゲストの一人がさ、君にこれ着て来て欲しいってわざわざ送ってきたんだよ」

どうかしてるよね、白蘭は心底愉快そうにくすくすと笑った。
それに反して一瞬、平静としていた骸の瞳が怯えと不安に大きく揺れた。
もう一度、目前の華美な衣装を見る。ああ、成程、これも余興の一つ、ということか。

「つまんないよね、どうせ中華服着せるなら際どいスリット入った旗袍の方にすりゃあ良いのに」

今度はそっち用意しとこうか、面白半分に嘯く白蘭に、男としての自尊心を激しく傷つけられた骸は、ぎりっと奥歯を噛んで怒りに耐えた。
突きつけられた衣装が不愉快で、拒絶の言葉と共に払いのけると、その手を白蘭がやんわりと握った。

「我侭言わないでよ、それとも着替えさせて欲しい?」

無邪気な笑みと優しげな口調とは裏腹に、握られた手首には折らんばかりの強い力を加えられた。
腕の痛みに顔を顰めながら、骸は大きく舌打ちして、やがて諦めたように白蘭の手から衣装を引っ掴んだ。
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